とある日常の風景。 
〜コスタ・デル・ソル with ヴィンセント〜
<朝の部>
 
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

8:30

 起床。

 ……俺だけ。

 セミダブルのとなりがもう冷たい。ヴィンセントはとっくに起き出しているらしい。

 昨夜は久しぶりだったので、ずいぶん酷くしてしまったような気がする。無理に先に起きることはないのに、几帳面さは相変わらずだ。

 

 

8:35

 ひとりで、ノロノロしてても仕方ないので起き出す。リビングに行く前にシャワーを浴びよう。

 

 

9:00

 シャワーを終え、着替えをすませてから、リビングに行く。ダイニングキッチンからいい匂いがする。ヴィンセントは料理が上手い。彼がこちらを向く前に俺の方から声をかける。

「おはよう、ヴィンセント」

「……ああ、もう食事になるから」

 無愛想な物言い。おまけに目も合わせてくれない。一緒に暮らし始めたときは、怒っているのかと不安になったが、単に照れているだけらしい。だからもう、うろたえることはない。

「いい匂い。俺、手伝うよ」

「あ、ああ……もうすぐに済むから」

「じゃ、コーヒー沸かすな」

「…………」

 ヴィンセントは黙々と朝食の用意をしている。無造作にまとめた黒髪が、白いうなじと対照的だ。元・タークスのガンマンということは、それなりに鍛えてもいたのだろうが、ヴィンセントは本当に細い。

「……なんだ?」

 俺の視線を感じたのか、彼はそう訊ねてきた。

「いや、なんでもない」

 朝っぱらから不届きなことを考えたのを、悟られてはまずい。

 

 

9:10

「いただきます」

 遅めの朝食。

 今朝のメニューは、アボガドのサラダにベーコンエッグとフレンチトースト、それにミネストローネだ。

 一見、至極簡単なメニューに見えるが、ヴィンセントの作るものは、なにかひとひねり手を加えてある。

 サラダのドレッシングはお手製だし、ベーコンエッグのベーコンにはあらかじめビネガーペーストを仕込んでいる。フレンチトーストはもちろんシナモン入り、ミネストローネについては説明などいらないだろう。俺の苦手な野菜はフードプロセッサーで細かく砕いてくれている。

「美味い!」

 いつものセリフだが、つい口をついて出る。ヴィンセントの無表情が少しだけやわらかくなる。一応微笑んでいるのだと理解する。

「美味いよ、ヴィンセント。ホント、器用だよな」

「……口に合うのならよかった」

 ヴィンセントだって、自分で作った物なのだから、まずいというわけではないのだろうけど、とにかく食べるのが遅いし、量が少ない。

 

 今日は特に食欲がなさそうだ。

 ……心配だ。

 ……やはり俺のせいだろうか?

「……ヴィンセント、身体、平気か?」

「………………」

 真っ赤になって黙りこくってしまった。

  聞き方がよくなかった。

 失敗失敗。

 

 

9:40

 朝食を終える。……ヴィンセントが。

 俺に至っては、食事開始後、10分たらずで食べ終えてしまう。腹も減っているし、料理が美味いからだ。

 後かたづけは、食器をディッシュウォッシャーにセットするだけで終了だ。

「なぁ、ヴィンセント、今日、なにか予定あるか?」

「……別に」

「一緒に出掛けないか? ほら、このまえ、新しいデパートできたろ、アンタ、まだ行ってないだろうから」

「……一番街か」

「そうそう。ついでに買い出しとかすればいい。俺、荷物持ちするから」

「……食材なら、青物市場が一番安くて、新鮮だ」

 青物市場とは、メイン広場で休日にやる露天商だ。

「帰りにそっちにも寄ればいいだろ」

「……わかった」

 外出嫌いのヴィンセントを引っ張り出すのはなかなか大変である。だが、今日は目的があるのだ。

 

 

9:50

 着替えてくると言って、奥に引っ込むヴィンセント。白いシャツと黒のパンツが定番だが、たまに一緒に出掛けるのだ。少しはオシャレしようというのかもしれない。

 なにを着ていても、もとの作りがいいから似合ってしまうと思うけど。

 

 

10:00

 そろそろデパートのオープン時間だ。ここの家からそう遠いわけではないが、そろそろ出掛けたい。しかし、ヴィンセントが戻ってこない。

 焦れてノックをする。

 

「おい、ヴィンセント……まだ……」

「……困惑している」

 盛大に広げた衣装の山で、彼はつぶやいた。

「私はあまり、衣服のセンスがない」

 その言葉に吹き出しそうになるが、彼の真剣な表情を見て、ここはぐっと堪える。

「いや、ほら、アンタ、細いし、背ェ高いし、なんでも似合うよ、綺麗だし……とか言ったら怒る?」

「……恥ずかしいことを言うな」

「ホントにそう思ってんのに。ええと、じゃ、これとかどう?」

 俺は、ペールバイオレットのサマーセーターとベージュのパンツを選んでやった。

「クラウドがそう言うなら、それにする」

 あっさり頷く。

 こういうところが本当に可愛い。だがそれを口にしたら、きっとまた怒るか紅くなるかされるだろう。それではいつまで経っても出掛けられないから、俺は大人しく退出する。着替えるから出て行ってくれと言われたんだ。

 

 

10:10

 出発。

 ヴィンセントの希望で徒歩で行くことにする。歩いても大した距離ではないからかまわないが、帰りの荷物には気をつけなければならない。

 

 

10:15

 海沿いの通りを歩いてゆく。潮風が心地いい。

 ヴィンセントの黒髪が、軽やかに風に舞う。俺は彼の髪の色が好きなのだが、ヴィンセントは『漆黒の髪は罪の色』という。天然でポエムな男だ。

 今日、ヴィンセントの着ている服は、実は俺が贈ったものだ。デリバリーサービスの出先で目に付いたのだ。暗い色の服ばかり身につけるが、こういう淡い色も似合うと思う。少し大きく開いたVネックから、白い肌が覗く。

 うん、やっぱり似合ってる!