コスタデルソルへようこそ 
〜コスタ・デル・ソル with ヴィンセント&銀髪三兄弟〜
<1>
 
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

 

忘れもしない○月×日、午後1:00……

可愛いあいつらがふたたびやってきた。

 

 

13:00

「えっ……えええーッ! ちょっ……ちょっとぉぉぉ!」

 俺はラーメンを吹いて、叫んだ。

「兄さん!会いたかったーッ!」

 あまりにもストレートにそう叫ぶと、カダージュは子どものように俺にしがみついてきた。

「兄さん! 俺も俺も!」

 デカブツのロッズまでもが飛びついてくる。俺はそのまますっ転がりそうになるのを、すんでのところで食い止めた。

 何が起こっているのか把握できていないのだろう。俺の傍らで、お盆を持ったまま、ヴィンセントが硬直している。

 

「いや……ちょっ……カダージュ、ロッズ、お、落ち着け!」

「僕、ずっとずっと兄さんに会いたかったんだよ? 大丈夫だよ、もうセフィロスとはリユニオンなんてしないし!」

「いや、そういうことを言っているワケじゃ……」

「カダージュばっかり、兄さんとしゃべってずるいよ! 俺だって、兄さんと話ししたかったんだからーッ!」

「なにをーッ! 兄さんはロッズなんかより、僕の方が好きに決まってるもん! ね、兄さん?」

「いや……あの……ヤ、ヤズー!」

 俺は溺死寸前の人間が、藁をも掴むイキオイでヤズーの名を呼んだ。彼は以前と変わらぬ風情で、戸口のところに立ったままだ。

「ごめんね、兄さん。カダージュとロッズがどうしても兄さんに会いに行くって聞かなくて」

「いや、だが、この前……」

「そうなんだけどね。さすがに泣きながら訴えられると、俺も弱いんだよ」

「で、でも、そんなこと言われても……」

 俺はヴィンセントを横目でちらりと見る。案の定、彼は未だにフリーズしたままだ。

 ついでに言うなら、つい先月、三兄弟が、この別荘に遊びに来ていたのは、ヴィンセントには内緒だ。いや、別に秘密にする必要はないのかもしれないが、なんとなく言いそびれていたというのが正直なところだ。

 そのとき、たまたまリーブからの頼まれ事で、二週間あまり、ヴィンセントはミッドガルに行っていたのだ。そのため、彼らとヴィンセントは会うこともなかった。

 

「カ、カダージュ、ロッズ、その、会いたいと言ってくれるのは嬉しいが……俺には仕事もあるし、その……一緒に生活している人も……」

「嫌だったの? 来られて迷惑だった……? やっぱヤズーの言うとおりなの……?」

 猫のような大きな瞳を見開いて、カダージュがつぶやいた。震える唇を見ていると、俺の方もつらくなってくる。

「な、カダ、ロッズ、言っただろう? 兄さんには兄さんの生活があるんだよ」

「…………」

「大丈夫、聞き分け良くしていれば、兄さんはちゃんとおまえたちのことを、好きでいてくれるよ」

 ヤズーがやさしくそう説得した。言いようのない罪悪感が胸を突き抜ける。

「ごめん……」

 何の事情も知らないヴィンセントの困惑を慮ると、そう言って謝ることしかできない自分が、ひどく残酷な人間のような気がしてきた。

 

 くすんと鼻を鳴らすと、カダージュが立ち上がった。

「勝手なことして、ごめん、兄さん。やっぱりちゃんとヤズーの話聞けばよかった」

「カダージュ……」

「でも、また、会ってね? 兄さん、僕のこと、嫌いにならないでね?」

「なるわけないだろ? 何言ってるんだよ」

「だって……」

 カダージュが、頬をぬぐってうつむいた。

 

 

13:30

「待て、クラウド」

 話に割って入ったのは、なんとヴィンセントその人であった。

「ヴィ、ヴィンセント……いや、ごめん、俺、ちゃんとアンタに話してなくて……」

「そんなことは今はいい。……せっかく訊ねてきたというのに、無碍にするのはよくないのではないか」

 ヴィンセントは言った。

 涙の後を残して、ぽかりと口を開けたまま、カダージュが、長身の彼の顔を眺めている。ロッズも驚いたのだろう。その場に立ちつくしたままだ。

 だが、一番、驚愕していたのはヤズーだった。表情はほとんど変わらないが、いつもはほとんど感情を表さない、澄んだ蒼の瞳に色が浮かぶ。

 

「いや……だって、ヴィンセント……」

 俺は気の利いた問いかけも思いつけずに、同居人の表情を伺うのみだ。

「おまえたち、クラウドに会いに来たのだろう」

「うん……」

 なぜか従順に頷くカダージュ。俺は少し驚いた。

「ならば、ゆっくりしていけばいい。部屋ならあるのだから」

「へぇ、驚いた」

 やや場違いにも、茶化すような口調で声をあげたのはヤズーだった。

「……何がだ?」

 低く問い返すヴィンセント。俺は無力な木偶の坊だ。

「今の会話聞いててわかったでしょう? 前にも一度、俺たち、兄さんに世話になってるんだよ。でも、一緒に住んでいるはずのあなたに、兄さんは黙っていた。なぜだかわかる?」

「…………」

「兄さんは、あなたを気遣ったんだよ。あなたとの生活の場所に、他のモノを入れないようにってね」

「……わかっている」

「え、ちょっ……ヴィンセント……」

「わかっている。そんなクラウドを慕ってきたおまえたちだ。無碍に追い返すつもりはない」

「ふぅん……」 

 妙に挑戦的なヤズーの態度に会得がいかない。いつもならば、大抵意地悪やワガママを言うのはカダージュの役割で、それを収めてくれるのがヤズーなのだから。

 

「ついでにいうならば、この私とてクラウドにやっかいになっている身だ。口出しをできる立場ではない」

 その言葉を耳にして、俺は体勢を立て直した。

 

「おいおいおい!ちょっとヴィンセント! それはないだろ、それは!」

 さすがにここでは口を挟まねばならない。俺の剣幕に、ヴィンセントばかりでなく、カダージュたちも驚いたようだ。

 

「アンタなぁ!まだそんなこと言ってんのかよ! 俺がアンタと一緒に居たかったんだよ! アンタを無理矢理ここに連れてきたのは俺だろう!」

「ク、クラウド……」

「『俺』が、『アンタ』に、ここに居てもらいたいと思ってるんだよ! 俺の側にいろって言ってるの! そうだろう? 違うのかッ?」

 ヴィンセントは声を荒げられるのが嫌いなのだ。わかってはいるのだが、どうしてもこれだけはゆずれない。

 特に、この三兄弟たちの前でだけは。

「でも……しかし……クラウド……」

「デモもストもないッ! 今度そんなこと言ってみろ! ただじゃすまさないからなッ!」

 俺はおびえの浮かんだ、紅い瞳をにらみつけて、激しく言い放った。

「…………」

 ヴィンセントが沈黙する。

 言い過ぎたか? いや、これくらいキツくいわなければ、本心と思ってもらえない。これまでのシビアな人生経験の中で、ヴィンセントはおのれを過小に評価しすぎているのだ。だから、ここぞというときに、おのれの存在に自信が持てない。俺と一緒に居るようになって、少しは改善されたかと思っていたが、まだまだだ。

 

「兄さん……コワイ……」

 ポツリとつぶやいたカダージュの声で俺は正気に返った。

「あ、いや……」

「ホント、怖いよねぇ。大切な人なのに」

 俺が言いたかった言葉を、ヤズーがあっさりと口にする。

 そうなんだよ、大切な人間だからこそ、あんなセリフ、ヴィンセントの口からは聞きたくないんだ。

 

 俺は大きく吐息すると、口を開いた。

「……ヴィンセントがかまわないと言ってくれている。しばらくゆっくりしていけばいい。だが、ヴィンセントに迷惑をかけるのは許さない。わかったな?」

「うん!」とカダージュ

「わかった!」とロッズ。

「やれやれ……」というのはヤズーだ。

 三様に了承する。

「……それでいいな、ヴィンセント」

 三人に向かってそう告げてから、ヴィンセントを睨め付ける。

 気の毒な同居人は、未だビクビクと身を強ばらせていたが、俺の視線にぎこちなく頷いた。