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〜コスタ・デル・ソル with ヴィンセント&セフィロス〜
<1>
 
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

 

「……久しぶりだな、クラウド」

 

 のどかな日曜日の午後、俺はふたたびラーメンを吹くことになった。

 今度は鼻の穴から、麺が飛び出そうな勢いで。

 

 俺の目の前には、かつて英雄と呼ばれた男……セフィロスが立っていた。

 

 扉の向こうに広がる、蒼々とした空、紺碧の海に、あまりにも似つかわしくないその出で立ち。

 

「セ、セフィ……なッ……ごほっ、げほっ、ごほっ!」

 思い切り噎せて情けなくも涙目になってしまう。

 それをどう勘違いしたのか、セフィロスはひどく懐かしげに微笑むとツカツカと室内に入ってゆく。俺の傍らにいるヴィンセントには目もくれずに。

 

「会いたかったぞ、クラウド」

「セ、セフィロス……な、な……」

「どうした、感激のあまり、口もまともにきけないか?」

 意地悪くセフィロスがそう言った。

「あ、あんた……な、何しに来たんだよ……まだ闘うっていうのか?」

 呼吸を整えつつ、そう問うた。いや、そう訊ねるしかなかったのだろう。

  

 あのとき……ミッドガルでの戦闘……カダージュの肉体にリユニオンしたセフィロスは「思い出にはならない」と言っていた。そして致命傷を負ったとも思えないのに、あっさりと姿を消したのだ。

 いつものようにあでやかで……そして不敵な笑みを浮かべて。

 

「闘う? ……何の話だ、クラウド」

 きかん気の強い子どもにするように、やれやれといった様子で両手を広げ、セフィロスはささやいた。

「私はおまえに会いに来ただけだ」

「……今度はだれにリユニオンさせたんだ」

「ふ……見くびるな、クラウド。私は私だ。それ以外の何者でもない」

 

 では、カダージュやヤズーや、そういった思念体とリユニオンすることなく、「セフィロス」でいられるというのか?

 

「……俺に何の用だ」

「言っただろう。おまえに会いに来た」

 そういうと滑るように歩み寄ってくる。

 今、手元に剣はおいていない。到底、素手で太刀打ちできる相手ではないが、俺はすばやく身構えた。

 

 だが、それは杞憂であった。

  

「うわぁッ!」

 俺はあまりの展開に声をあげた。

 昔……子どもの頃、セフィロスの側にいたときのように、ひょいと抱き上げられてしまったのだ。

「な、な、ッ……」

「ふ……懐かしいな、クラウドのかおりがする」

 いや、今の俺はラー油の匂いがするはずなのだが。

「やッ……ちょっ……」

 ここでヴィンセントに助けを求めるわけにはいかない。

 ……さすがに俺にもプライドがある。

 いや、それよりなにより、ブリザドをかけられてフリーズしたような有様のヴィンセントでは、この状況を打開することは不可能だろう。

「セ、セフィロス! 下ろせよ!」

「ふむ、少し重くなったか」

「なッ……」

 俺が耳朶まで真っ赤になったことに満足したのか、ようやくセフィロスは俺を解放してくれた。

 

「セフィロス……何の用なんだよ……俺にどうしろっていうんだ」

「人の話を聞かない子だな。おまえに会うために来たと言っただろう」

「……あ、会ってどうするっていうんだよ……」

「おまえの側近くならば退屈しないと思ってな」

 そういうとセフィロスは淡く微笑した。

 

 見覚えのある、どこか不思議な、微かな笑み……彼を狂気が取り巻いてしまった後ではなく、まだ神羅にいた頃の……

 ……英雄と呼ばれ、俺を近くに置いていてくれたころの笑い方だった。

 

「と、いうことで、そこのおまえ」

 いきなり声音をあらため、今、ようやく認識したかのようにヴィンセントに向き直る。 銃を取りに行く暇もなく、その場で身構えていたヴィンセント。唐突に指を突きつけられて驚いたのだろう、わずかにびくりと身震いした。

 

「邪魔だ、出てゆけ」

 間髪入れずに勝手なことをいうセフィロス。

「ちょっ……」

「私には時間が必要だ。どうせ無為に待たねばならぬ時ならば、クラウドの側にいることにする」

「ちょっと、待てよ!」

 俺はようやく止めに入った。

「セフィロス! 勝手なことを言わないでくれ!」

「……ほう、私の言葉に従えぬというのか? 昔はもっと聞き分けのいい子だったろう?」

「む、昔のことは言うなッ! 俺はもう……」

「可愛いクラウド。私に会えて嬉しいだろう?」

 

 人の話を聞かないのはどっちだーッ!

 

 考えてみれば、側にいたあの頃から、何についてでも、結局はセフィロスのいいように丸め込まれてしまっていた。俺も、怒鳴ったりふてくされたり、泣いて訴えたり、いろいろしてはみたが、彼のことが好きで好きでたまらなかった。側に居させてもらえるだけで幸せだった。

 

 彼に憧れ、田舎の町から都会に出てきたばかりの14の年。見知らぬ事、見知らぬ人たちに翻弄され、必死に努力していた子どもの頃。

 差し伸べられ、抱きしめてくれた手が、彼の手であったことは俺のその後の人生を、大きく運命づけたのだと思う。

 セフィロスに守られ、自分の矜持のために努力していた日々は、今思うと何て幸福だったのだろうか。

 

「ダメだよ……セフィロス……俺はもう何も知らない子どもじゃない」

「ああ、そうだな、おまえを大人にしたのは私なのだから」

「うあぁぁぁーッ! ちょっ……もうッ 何言ってんだよッ!」

 俺はセフィロスを力任せに、部屋の外に押し出そうとする。だが、彼の長身はビクともしない。

 ヴィンセントは相変わらず、俺の後ろで石像のように固まっている。

 まずい、このままではまずすぎる。

「ヴィンセント、ここは俺が話を……ヴィンセント……?」

 反応がない。

「おい、ヴィンセン……」

 華奢な身体がグラリと傾いだ。

「ヴィンセント!?」

 

 ……き、気絶してる〜〜〜ッ?

 

 どうやらあまりのショックに気を失ったようだ。

 

「ええ〜ッ ちょっ……ヴィンセント……おい……ッ」

 なんとか抱き留めたが、彼の身体はくたりと弛緩したままだ。もともと体力も精神力もあるほうではない。

 だが、おとぎの国の姫君よろしく気絶されるとは思わなかった。それほどまでにヴィンセントにとっては衝撃が大きかったのだろう。

 

「……なんだ、どうした」

 どうでもよさそうにセフィロスが訊ねた。

「ヴィンセントが……ヴィンセントが……」

「寝てるのか?」

「この状況で寝るわけないだろ! 失神しちゃったんだよ、アンタがいきなり……」

「フン、軟弱な奴だ」

 そういうと、セフィロスは片手でヴィンセントをすくい上げた。まるで床に落ちたスプーンを拾い上げるように。

 

「お……おい、セフィロス!」

「こいつは邪魔だ。どこに運べばいい?」

 面倒くさそうに、セフィロスが言った。