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〜コスタ・デル・ソル with ヴィンセント&セフィロス〜
<7>
 
 セフィロス
 

 

 

 

 

 

 

 

「フフン、ご苦労なことだな」

 私はソファに座り直すと、意地悪くヴィンセントにそう言った。なんとなく嗜虐心をそそる男だ。

「…………」

「おい、酒はないのか?」

「あ、あるが……」

 ビクビクとヤツがこたえる。

「ブランデーがいい」

「あ、ああ」

 ひとつ頷くと、私の前のガラステーブルに、ブランデーグラスとボトル、そして簡単なつまみを持ってくる。驚いたことにそのつまみさえもお手製らしい。

 話しかけようかと思ったが、ヤツはそそくさと台所に戻っていってしまった。

 

 いうまでもないが、私は酒に強い。

 心づくしのつまみを肴に、ブランデーを舐めるが思いの外進んでしまう。それもそのはずだ。大抵、酒はひとりで飲むと過ごしてしまうものだ。飲む以外にはすることがないわけだから。

 

「おい、タークス……いや、ヴィンセント」

「……? な、なんだ」

 ボソボソと聞き取れないような声音で返事をする。すでに片づけを終えていたのだろう。彼は神経質にもバカ丁寧に手を洗っているところであった。

「ここに来い」

「……?」

「ああ、グラスを一つ持ってな」

「……わ、わかった」

 相変わらず困ったような面差しだが、素直にグラスひとつトレイに乗せて私の傍らにやってきた。

「座れ」

「え…?」

「いいから座って相伴しろ」

「え、でも……」

「まどろっこしい男だな。酒の相手をしろと言っているんだ」

 私がいらついた声を出すと、ヴィンセントはおとなしく私のとなりに腰を下ろした。ほとんどソファが沈まない。

「す、すまないが私は酒は苦手なんだ……」

 オドオドと言い淀むヴィンセント。

「まったくダメというわけではないだろう。ひとりで飲むのは味気ない。そこにいろ」

「……わ、わかった」

 健気にも真面目な顔をして頷くと、彼はそのままの姿勢で動かなくなった。

 生真面目を取り越して珍妙だ。

 

「おい、おまえ」

「え……」

「少し力を抜いたらどうだ。別に貴様になにかしようとは思っていない」

 そういいながら、グラスを差し出すと、彼はすぐに酒を注いでくれた。

「……私はこれが普通なのだ」

「フン、変わった男だ」

 そば近くにある白い顔をみる。

 つきあいでグラスを口元に持っていくが、ヴィンセントは本当に『舐めている』という様子だ。それでもほんのり頬を染めているところをみると、酒に弱いというのは事実らしい。

「……おまえは以前、クラウドのパーティにいた男だな」

 私は話しかけた。

「あ、ああ」

「フン。ご苦労なことだ。わざわざあいつにくっついて旅を続けて、挙げ句の果てにはこんな僻地で同居か」

「…………」

「もっともタークスとは言っても、いまさら神羅に戻ることはできなかろうがな」

「…………」

「……しゃべらない男だな」

「え、あ……すまない」

 間が持てなくなったのだろうか、ヴィンセントはいじっていたグラスをいきおいにまかせてクッとあおった。白い細い喉がそれに合わせて上下する。

「おまえはいつ頃、神羅に居たんだ? タークスのメンツなら私と面識がないのはおかしいが……」

「え……いや、会ったことはないと思う……私があそこにいたのは……ずっと昔の……」

「昔? どうみても貴様はいいところ30前だろう」

「あ、ああ……いや、その……」

「別に。言いたくないのなら無理に聞き出そうとは思わん。私にとってはどうでもいいことだ」

「……そのうち……」

「ん?」

「そのうち……話せるときがきたら……いいなと思う」

「?」

 なんとも評しがたい苦しげな表情をすると、ヴィンセントはまたグラスを空けた。

「……はぁ」

 彼は大きく吐息した。空になったグラスに、酒をつぎ足してやる。私が酌をしたことに驚いたのだろう。ほんのりと目元を紅く染めたまま、ヴィンセントが私を見やった。

 

「なんだ」

「え……いや……」

「どうした、酔ったか? 顔が紅いぞ」

「……いや、大丈夫だ」

 彼は言った。

 もともと肌が薄いのだろう。表情の乏しい頬は紅く色づき、呼吸が少し速くなっている。 この気温なのに、ヤツは長袖のシャツを着ていた。生成の仕立てのいいものだ。だが、サイズが少し合っていない。身幅は大分あまっていて、胸元などブカブカだ。

 

「……少し……暑い」

 ヴィンセントがつぶやいた。

「そんな格好をしているからだ」

 私は言った。ちなみに私は今日買ったノースリーブを着ている。

「酒が回ったんじゃないのか。暑いなら脱げばいいだろう」

「……でも」

「フン、女じゃあるまいし」

「……そうじゃなくて……」

「ぐずぐずつぶやくな。言いたいことがあればはっきり言え」

「……私はみっともないんだ」

「はぁ?」

 何を言っているのだ、この男は。

「クラウドやセフィロスのように、見た目がよくないから……」

「バカか、おまえは!」

「男が見目だのなんだのと、くだらんことを言うな」

「…………」

「黙り込むな! 貴様などどちらかといえば、見目のいいほうだろう。まったくもってくだらな……」

 私がそこまで言いかけたところだった。

 ポスンという軽い音がすぐ近くでする。

 

「……? おい?」

 言わないことではない。ヴィンセントが横倒しの姿勢で倒れてしまっている。

「どうした、おい!」

「はぁ……はぁはぁ……あ……すまない……だいじょうぶだ」

「大丈夫じゃないだろう。何なのだ、貴様は!」

「いや……やはり、ちょっと酔いが回って……」

 

 私の声を聞きつけたのか、最悪のタイミングでリビングの扉が叩きつけられる。

 飛び込んできたのは、もちろんクラウドだ。

 

「おいッ! ちょっ……ヴィンセント!?」

「大声を出すな、クラウド」

「アンタ、ヴィンセントに何したんだよ、離れろよ、セフィロス!」

「何もしとらん! コイツがいきなりひっくり返ったんだ」

 私は真実を述べた。

「そんなことあるはずないだろ!」

 一言のもとに却下するクラウド。

「ち、違う……クラウド……」

「無理にしゃべるな。おい、水をもってこい、クラウド」

「え?なんだと……」

「早くしろ。それからタオルを濡らしてこい」

 ブツブツと文句を言いながらもクラウドはコップに水を汲んでくる。

 

 私はヤツの貧相な身体を無理やり引っ張り上げると、口元にコップをあてがった。

「ほら、飲め」

「……?」

「水だ」

「……あ」

 ヴィンセントは両手でコップを押さえると、小動物が水を飲むように一生懸命に飲み下した。

 落ち着いたのか、大きく息を吐き出す。

 

「後はおまえに任せる」

 クラウドを呼びつけ、ヴィンセントの身体をぐいと押しつける。

「おい、セフィロス、無茶すんなよ!」

「フン」

「ヴィンセント、大丈夫か? 飲めないのに、なに無理してんだよ」
 
 濡れタオルを額に当ててやりながら、クラウドが言った。

「あ……クラ……すまない……」

「ああ、いい、いい、あやまるな。しばらくこうして大人しくしていような。落ち着いたら風呂入ろう。俺、入れてやるから」

「…………」

「ヴィンセント?」

 

「眠ったんじゃないか?」

 私は言った。ヤツは紅い顔をしたまま、静かに呼吸している。

 涼しい部屋で横になったほうがいいと、クラウドはヴィンセントを私室に運んだ。

 戻ってきても、一向に落ち着かず、

「……大丈夫かな……」

 などとつぶやいている。

「バカか。人が酒に酔ったくらいで死ぬか」

「そういうこというなよ! ヴィンセントは繊細なんだからな」

「ずいぶんとあいつを気に入っているようだな、クラウド」

 立った場所から睥睨してそう言ってやった。

「……大事なんだよ」

「フン、そんなにいいのか? おまえがそういうなら試してみたくなる」

「おい!」

「冗談だ、冗談……私はやはりおまえみたいな子のほうがいい……」

 腰をかがめて、以前と変わらぬ金の髪をそっと撫でる。

 さきほどまでの威勢はどこへやら、ビクッと身震いするクラウド。

 ようやく、夜に、二人きりでひとつの部屋に居るのだと気づいたかのように。

 

「セフィロス……」

「ん……?」

 意図的にやさしい声で訊ね返す。

「……ダメだよ……よしてくれ。俺を昔に戻さないでくれ」

「…………」

「ダメなんだよ……ようやく少しだけ強くなれたのに……アンタのことが好きだった、あのころに戻さないでくれ……」

 私から目をそらせ、クラウドは苦しげにささやいた。

「フフ……クラウド……」

「…………」

 蒼い瞳におびえが浮かぶ。おそらくヴィンセントが、彼を「現在のクラウド」たらしめるキーパーソンになっているのだろう。ヤツの姿が見えなくなると、とたんに16の頃の素顔をかいま見せるクラウド。

「……おまえを意のままにすることなど、私にとってはたやすいことだ」

「…………っ」

「だが、そう簡単に思い通りにしてやってはつまらんではないか」

「……ふざけるな」

「ふざけていると思うか? では、おまえにそんな期待に満ちた目をさせているのは誰だ?……ふふ」

「……ッ」

「安心しろ。おまえの望み通り、私はおまえを過去に戻したりはしない」

「……セフィロス……?」

「おまえが自ら『そうしてくれ』と望まぬ限りな」

「望むかよ!」

「フフ……ならばそうムキになる必要はないだろう」

「……好きなだけここに居ればいい」

 クラウドは押し殺したような声音でつぶやいた。

「アンタのいいだけここに居ろよ、俺は絶対に変わらない。現在の俺が……俺なんだ!」

「フ……」

 私は嘲笑した。

 クラウドが、強気で言えばいうほど、この子の弱さが見てとれる。

 

 いや……まだ時間はある……

 楽しみは後に残しておく方が味わい深いものだ。

 

 私は立ちあがり、すっとクラウドに近寄る。

 憤りと怯えの浮かんだ蒼い瞳が私をにらむ。

 手を伸ばすと、身体を引く。かまわず頬に手を添え、反抗される前に半開きの唇に口づけた。

「……ッ! な……ッ」

「おやすみ、クラウド」

 そうれだけ言い置くと、私は彼を振り返らずに室を出た。