〜 ディシディア ファイナルファンタジー 〜
 
<11>
 
 スコール・レオンハート
 

 

 

「……名は……?」

 セフィロスのささやき声に、俺はハッキリと応えた。

「俺の名はスコール・レオンハート。クラウドにはもはやアンタと闘う理由はないそうだ」

「スコール……ああ、気高き獅子か。淫猥な魔女が繰り返し口にしていたな」

「…………」

 クククと口の端でゆがんだ笑い声を立てた。

「……解せぬことを聞くものだ。スコール・レオンハート。クラウドはこの私を追って、長い長い旅を続けてきた。その子が誰よりも再会を果たしたかったのはこの私のはずだ」

「表現法に問題があると思うが、そういった時期もあったのだろう。だが、ここにいるクラウドは、元の世界ですでにアンタとの再会を果たし、おのれの気持ちに決着をつけたのだ」

「……ほぅ」

 面白そうにセフィロスが声を上げた。もっともからかうように、だが。

「彼は不可抗力でこの世界に紛れ込んでしまった。闘う意志のない人間に手出しは無用だ」

「クク……ずいぶんと一方的な意見だな。よしんば、今、おまえの言ったことが事実であったとしてもかまわぬではないか」

「なんだと……!」

「私と剣を交えたくないのなら、今度こそ『完全に殺して』くれればいい。そうすれば、二度とやり合う必要もなくなる。そうだろう……? クラウド……」

「おい、セフィロス……! だから、彼は……!」

 言いかけた俺の言葉を、たまらぬふうに引き取ったのはクラウド本人であった。

「ま、待ってよ、セフィ。い、今まで……わかり合えたことがたくさんあったじゃん! どうして……忘れちゃったの? セフィは俺のしたこと許してくれて……俺も、セフィのこと……」

「クラウド!」

 ザシュッ!

 と、草をなぎ払うごとき、擦過音が彼の髪を梳いていった。

 やや乱暴に、クラウドの腹に腕をかませ、強引に身体を後ろに引いてやったのだ。間一髪というところだろう。

「ごほっごほっ!」

「すまん、クラウド。だが、今は下がっていろ。ティーダ、頼む」

「……スコール……」

 喉元を押さえ、大きく咳き込む彼を、背後のティーダに任せた。

 身の丈ほどもの長刀を構えるセフィロスに、俺はガンブレードを構えた。

「セフィロス、アンタらの因縁に無関係の俺がしゃしゃりでるのは道理ではないのかもしれない」

「……フフ、いや、かまわんぞ。……むしろ、おまえという男に興味が湧いてきたところだ」

「迷惑だからやめてくれ」

 間髪入れずに言い返す。

「ク……アッハッハッ……本当に面白い男だな、貴様は」

「…………」

「あの子が気に入ったのか?」

「クラウドは友人だ。苦しんでいるのを放ってはおけない」

「フ……あの自意識過剰の魔女に殺させるには惜しい男だ」

 仁王立ちする俺を、流し目で舐めるように見つめる。なまじ容貌が整いすぎているだけに、返って不愉快だ。

 茶化すようなセフィロスの物言いを無視し、俺は言葉を続けた。

「ここにいる俺たちは、だれもが因縁の相手が、カオス側にいる連中だ。……だが、クラウドだけは不幸にして未来から過去の次元へ戻ってしまった状態なんだ。……さっき話したことは事実だ」

「……それはそれは……面白い現象だな」

「これから訪れる未来を鑑みるに、今、ここでアンタと闘う必要は皆無。いや、むしろ二度と剣を交えたくはないといっている。わかるだろう?」

「…………」

「引け、セフィロス。……おそらく今のアンタは、クラウドを敵と目していた頃のアンタなんだろう。だが、未来のアンタはクラウドを殺そうとは考えないはずだ」

 俺は感情的にならぬよう……だが、声を励ましつつ、セフィロスに説明した。クラウドは自分の口で論理的に説明できるタイプではないから。

「…………」

「だから……!」

 さらに言葉を重ねようとした俺を、セフィロスはさもつまらなそうな眼差しで睥睨した。

「……それで?」

「な、なに……?」

「それで? おまえやクラウドの言葉にそのまま従えと……? いや、その前に、コスモスの戦士である貴様が口にしたことを、この私が鵜呑みにするとでも……?」

「…………!!」

 俺はグッと息を呑んだ。そういわれてしまっては二の句が継げなくなる。

「ふふ、ずいぶんと甘い男だな……存外に」

「セフィロス……! クラウドの態度を見ればわかるだろう? 彼はアンタとやり合うことを望んではいない。本心からそう願っている」

「セ、セフィ……」

 クラウドが掠れた声で、彼の名を読んだ。

 大きな蒼い瞳が水気を含んで揺れている。こんなにも必死なのは、おそらく今現在……いや、このクラウドの生きている『現在』の世界で、セフィロスとの関係は良好なのだろう。

 彼ら二人の因縁は俺の知るところではないが。

「ねぇ、セフィ。思い出してよ。俺の大事な人……ヴィンセントがいっつもセフィのこと心配してるんだよ。俺とセフィがちょっとケンカしただけで、泣きそうになって止めに入るじゃん」

 『……ヴィンセント……』

 クラウドが誰より大切に思っている恋人の名だ。

「ヴィンセント、俺の恋人なのに、セフィのこと本当に大切にしてたよ。ヴィンセントがあんなに大事にしてるセフィに斬りつけたりなんて……できないよ……」

「笑わせるな」

 セフィロスの長刀が目にもとまらぬ早さで空を斬った。

 俺は間一髪で後方に跳び、それを避けた。

「セフィ……!」

「……おまえが、この私を斬るだと……? まぐれは二度も続かない。おまえは私を斬らないのではなく、『斬れない』のだ」

 ……ダメだ。

 どれほどクラウドが心を込めて説得しても、この男には通じない。

「セフィ……! 話を聞いて……ッ」

「よせ、クラウド!」

「クラウド、危ないッス!!」

 不意にセフィロスの黒い翼が視界を遮る。

 俺はほとんどカンを頼りにクラウドの身体を抱き込み、がれきの向こうへ飛び込んだ。 

 ザンッ!

 

 漆黒の翼がはためいた後は、もはやそこになにも残されてはいなかった。

 砕かれた岩山、なぎ払われた草木……

 ジタンがそこに突っ伏して気を失っている。それを守るように覆い被さるセシル。

 俺はふところに青ざめたクラウドをしっかりと抱いていた。

「ティ……ティーダは……?」

 クラウドが独り言のようにつぶやいた。

 俺は彼の震えを押さえるように背を抱きしめた。

 ……クラウドが哀れに感じたからではない。震えたままの彼を放っておくと、彼のおびえが自分にも伝染ってしまいそうだったから……