〜 ディシディア ファイナルファンタジー 〜
 
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 ジェクト
 

 

「痛……ッ」

 背を流してやっている最中、うっかり傷口に触れてしまった。『触れた』と言ってもほんの少しかすめただけだが……

 銀色の王子様が、ギロリと俺をにらみつけてきた。怪我して蹲っているところを拾ってやって、こうして湯浴みの世話までしているのに、よくよく恩義というのを感じない性格らしい。

 また、そこが、いかにも『王子様!』といった風情で、なぜかこちらのほうが、

「わ、悪ィ」

 などと謝罪してしまう始末だ。

「よくよく粗忽者よな。……早く済ませろ。湯に浸かりたい」

「ヘイヘイ、わかりやしたっと。でも、おめぇ、熱あんじゃないのか? 背中熱いし、顔も紅いぜ」

 ずっと気になっていたことを訊いてみた。

「……湯気のせいだろう」

 『王子様』はさもくだらぬといったように、吐き捨てた。

「湯に入る。手を貸せ」

 焦れた様子で、セフィロスが立ち上がった。

 どこもかしこも雪のように真っ白だ。同じ男同士なのに、目のやり場に困るような艶めかしさに、俺はムスコを叱りつけた。もうそんな年じゃねーだろうに、同じ野郎のハダカ観てサカるなんざ情けねェ。

 だが、そんな劣情も、彼の肩口を真っ正面から見て、一挙に吹っ飛んでしまった。

「……ああ、心地良い。フ……だが、多少は染みる、な」

「お、おい! おいおいおい! なんだよ、コイツぁ!? こんなひでェ怪我……! コスモスの連中にやられたのか!? いや、今はそれどころじゃねェ。縫い口に血が滲んでんじゃねぇか!」

「出血は先ほど……貴様の不作法のせいだろう」

 不機嫌にセフィロスがつぶやいた。

「あ、い、いや、す、すまん! そんな大怪我だとは……おめぇ、見せてくれねぇし」

「…………」

「いや、ヤバイって、マジで! もう一度、消毒して……」

「ここは治癒効果のある温湯なのであろう」

「そりゃそうだが……でも、今は傷口を塞ぐのが先だって!」

 染み一つ無い肌のせいでもあるのだろう。

 抉り裂かれた肩の傷は、縫い合わされてはいるものの、充血して赤黒く濁っている。

「……大事ない」

「いや、大事あるって! くそッ! こんなひでェってわかってたから、跳ぶときももっと注意したのによ!」

 叩き付けるように叫んだ俺サマに、雪の精みたいな男は不思議な目線を寄越してきた。

 

 

 

 

 

 

「なにを怒っている。怪我をしているのはこの私だ……」

「だからッ! ああ、もう、この王子様はよッ! ったく!」

 ガシガシと苛立ち紛れに、おのれの頭をひっかき回すが、やはり彼は泰然としたまま、まどろんでいる様子であった。

「……騒々しい。おまえも大人しく浸かっていろ」

「チッ、くそッ! いいか、後十分だけだ! 十分したら、引っ担いでも部屋に戻すぜ!」

「…………」

 俺の宣言を一顧だにせず、彼は心地よさげに双眸を綴じ合わせた。

 氷のような瞳が隠れると、冷たく整った容がほんの少し幼げに見えた。

「おい、一応、事の顛末を聞かせろや」

「…………」

「いったい、そいつァ、誰にやられたんだ」

 セフィロスのヤツが、いかにも鬱陶しげに眉をひそめた。だが、今度は目を反らさず、じっと睨め付けてやる。

「ここで傷を癒やすっつっても、敵がどいつかわからなきゃ、こっちも動きにくいだろ」

 そう付け足すと、ようやくぼそりとつぶやいた。

「……時の魔女だ」

「魔女〜!? あの女か? アルティミシアとかいう……?」

「……そんな名であったか……」

 人ごとのようにセフィロスが言う。

「オイオイオイ、オメーってヤツはよォ〜! 一体どういうこった? 俺もあの不気味な女は好かねェが、カオス側だろ?」

「……もとより、私に仲間だのという意識はない。混沌の神とやらに勝手に呼びつけられただけだ」

「まぁ、そう言われりゃ……そうなんだけどよ」

『仲間だの……』という部分はともかくとして、意思など関係なく、呼び込まれたというのは事実だ。

 もっとも、この世界に、あのクソチビ……ティーダと、ユウナがいるって話に興味はあったが。

「……貴様も、好き勝手をしているようではないか。私の行動に文句を付けられる立場ではあるまい」

 みごとに図星を指されては黙り込むしかない。

 どうにもカオスの側の連中ってのは、人離れしていて苦手だ。姿形や思考も。

「…………」

「言い返す言葉もないか。……フッ」

 艶めいた低い笑い声が湯気に溶けた。