〜 a life of dissipation 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<1>
 
 ヤズー
 

 

 

 

『この一粒で、萎えた貴方も、ドン・ファンとしての復活を遂げます!』

『慎ましやかな恋人に…… 昼は淑女……夜は娼婦……そんな素敵な恋人ライフを楽しんでください』

『もう二度と勃たない……! あきらめていた貴方へ……!』

 

「……クラウド、チャンネルを変えなさい」

 ヴィンセントがいたたまれなさげに、兄さんにささやいた。

 日曜日の夜十時…… 夕食も終わってのティータイムだ。

 夜の早いカダとロッズはさっさと風呂に行ってしまったが、居間には俺と兄さん、ヴィンセント……そして宵っ張りのセフィロスが転がっていた。

 セフィロスの場合は、椅子に座っておらず、ソファで寝そべっているから、まさしく『転がっている』なのであるが。

「アハハハ、ヴィンセントってば。別にエッチな番組でもあるまいし。そういえば、これって神羅の商品なんでしょ? 最近いろいろ手広くやってるよねぇ」

 感嘆を隠さず、俺はそう言った。

「そ、そうなのか? 神羅の……」

 と、ヴィンセント。ちょっと頬が赤らんでいるのが可愛らしく見える。

「あー、ほら、あそこは研究室持ってるし、優秀な医者も抱えているみたいだよね」

「でもさ、こういうのってホントに効くの? 薬品なのかな?それともサプリメント?」

 テレビを眺めたまま、兄さんが言った。興味津々とまではいかないが、それなりに関心はあるのだろう。

 特に冒頭ふたつめのキャッチコピーが彼の心を捕らえているのだと思う。

『慎ましやかな恋人に…… 昼は淑女……夜は娼婦……そんな素敵な恋人ライフを楽しんでください』

 ってヤツだ。

「どうなんだろうね。でも、普通に通販でも薬局でも買えるんなら、危険なものじゃないんでしょ」

「なんだ、クソガキ。おまえ、もうEDなのか?」

 ずっと寝転がって雑誌を眺めていたセフィロスが、完全なるからかい口調でそう言った。

「俺が不能なわけねーだろ! 大人の男なら、こーゆーモンに興味持って当然じゃんか!」

「大人の男ねェ」

「なんだよ、セフィ! 文句あんの!?」

「何も言ってねーだろ。おまえは自意識過剰なんだよ。さてと……」

 そういうと、セフィロスはゆっくりと身体を起こした。彼の腹の上で眠っていたヴィンちゃんが、不平そうにニャオン!と鳴いた。

「ふぅ…… まだ、早いがそろそろ休む。なんか眠くなってきた」

 無防備な様子でそう言うセフィロス。この家では本当にリラックスした姿を見せる。思念体の俺たちが驚いてしまうほどに。

「セフィロス。髪がもつれてしまっている。そこに座ってくれたまえ」

「……別にいい」

「痛んでしまうといけないからな。すぐに済むから」

 そういいながら、ヴィンセントが丁寧に彼の髪を解いた。

「……寝ころんでいたら喉が渇いた。ビールもらってくぞ」

「アルコールは好ましくない。夕食のときにも飲んだだろう? 温かいお茶のほうが」

「めんどくさい」

「私が淹れるから、少し待ってくれたまえ」

「はー、相変わらずかいがいしいねェ」

 俺は吐息混じりにそう言った。

「もう、ヴィンセント! そんなにセフィに気ィ使わなくていいだろッ! ビールでも何でも好きなモノ飲ませれば……」

「クラウド、冷たい飲み物は内臓を冷やしてしまうのだ。いつも言っているだろう?」

「だって、別に……」

「おまえも、飲み物が欲しいのなら、夜中は温かなものにしておきなさい。いつまでも夜更かししていないで、自分の部屋に持っていったらどうだ」

 そういうと、テキパキと、セフィロスと兄さん、二人分の飲み物を用意するとそれぞれに手渡した。これまた同じものではなくて、それぞれの好みに合わせているのがたいした物だ。

 セフィロスは緑茶、クラウド兄さんにはブランデーを垂らしたホットミルクである。

 ふたりが部屋に引き上げると、居間がガランとして見えた。

 

 

 

 

 

 

「やれやれ、クラウドとセフィロスは、いつも口論になってしまうな」

 ヴィンセントなりに悩んでいるのだろう。小さなため息を吐き出し、そうつぶやいた。

「あー、あれは、じゃれあってるだけでしょ。全然気にする必要はないと思うよ」

「そうなのか……? 私が見ていると、ささいな事柄に、クラウドのほうが突っかかっていくように見えてしまうのだが」

 俺は、ハハハハと声を上げて笑った。

 可哀想に、兄さん。……ヴィンセントはどちらかというと、セフィロスの味方らしい。

 

「ヤズー……」

 ハーブティーをゆっくりと飲み下し、ヴィンセントは穏やかに俺の名を呼んだ。

「ん? なぁに?」

「さっきのテレビの……」

「え? あぁ、エッチ薬?」

「エッチ…… あぁ、その……それだ。神羅の開発した……」

 俺の言い方が直接話法過ぎたらしい。

 ヴィンセントは、その単語を言い淀み、別の表現でそれを指し示した。

「メテオ事件が起きて、神羅が壊滅的な打撃を受けてから二年あまり……」

「ああ、そうだってね。思いの外しぶといんだねぇ」

「あんな状況の中から、今はこうして、手広く商いを行っている。ルーファウス神羅という青年は、ビジネスマンとしての才覚があるのだな」

 いかにも感心したふうにいうヴィンセント。

 先のミッドガル行きで、彼は直接ルーファウスと語らう機会を得たのだ。兄さん、セフィロスはじめ、俺たちはほとんど外に出ずっぱりだったが、ヴィンセントは身体の不調のため、大切な人質待遇で本社で保護されていたのだ。その間に大分親しくなったのだと思う。

 ルーファウスの従弟の赤子を救ったのはヴィンセントだったし、人離れした美貌を持ちながら、それを鼻に掛けることもせず、傷を負わせられながら、恨み言のひとつも口にしないヴィンセントを、ルーファウス神羅が好ましく思うのは至極当然のことであったのだ。

 また、ツヴィエートの襲撃を受けた際には、ルーファウス自らヴィンセントを庇って凶弾に倒れた。

 そんな経緯があり、ルーファウスも、ヴィンセントも、互いに好意を持ち合ったとしてもおかしくはなかった。

「……さきほどのように、ふたたび医療系にも当然手を出しているのだろうが……」

「もしかして、また科学者集めて何かコワイ研究してんじゃないかと思ってる? まぁ、以前、神羅の薬でとんでもない目にあってるもんね、ヴィンセントは」

「あ……いや、あれは不運だった。恨みに思っているわけではなくて……」

「もしかして、またDGソルジャーのこと考えてたんじゃないの? ネロとかヴァイスとかさ……」

「……す、すまない……つい……」

 ヴィンセントはわずかに頬を昂揚させ、片手で目元を押さえた。平和な日常においても、こうしてふと彼らのことを思い出すらしい。

 俺からみれば、連中など不愉快きわまりない敵にしか感じられないのに、ヴィンセントは彼らを哀れんでいるのだ。

「……もう二度と、彼らのような不幸な人間を見たくはないから……」

「ま、ルーファウスは、非道な人体実験をするようなタイプじゃないでしょ。していいことと悪いことはきちんと区別できていると思う。医療方面の研究開発は当然行っているだろうけど、あなたの心配するようなことにはならないさ」

「……そうだな、すまない。おかしなことを言って……」

「それよりさ、ヴィンセント、さっきのテレビの薬、飲んでみたら?」

 むくむくと悪戯心がふくれあがり、俺はヴィンセントにそう言った。

「……は? な、なにを……馬鹿な……」

「精力剤って、なにも変態エッチに使うだけってもんじゃないんだし、ヴィンセントみたいに、穏やかで大人しい人が飲めば、ちょっとは元気になるかもね! 家の周りでランニングとかしたくなるかもよ? アッハハハハ」

「ヤ、ヤズー、そんな…… ラ、ランニング……? 力が出るものなのか?」

「ふふふ、そうね。パワーが出るんじゃない。なんてたって、『精力剤』なんだからさ。ま、そこまで効き目があるかは妖しいモンだと思うけどね」

 そんな話をして、俺とヴィンセントはのんびり、それぞれの私室に引き取ったのであった。