〜 a life of dissipation 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<8>
 
 セフィロス
 

 

 

 

 ヴィンセントはオレの部屋に押し込んでからも、ビービーと泣いていた。

 例えば、いつも大泣きするチョコボ小僧相手なら、ぶん殴ってでも静かにさせるのだが、相手はヴィンセントだ。

「おい、落ち着け。別にバカにしたわけじゃないだろ。ただちょっとからかっただけだ」

 そう言って慰めるが、身も世もなく声を上げて泣き続ける。

 もともとこいつはよく泣く男だったが、大声を上げたところを見たことがない。

「ど、どうせ、私など…… 君は私の事など……」

 ほとんど言葉にならない文句を口にし、感極まって大泣きするというパターンだ。

「いや、おまえのことが心配だったから、こうしてかまってやってんだろ? な、もう泣くな」

 オレ様にしては、辛抱強くそう言って宥めた。

 もちろんぴっちりと部屋の扉を閉め、エアコンを効かせて、窓にもカーテンを引く。

 クラウドやイロケムシを始めとし、この家にはヴィンセント大事の輩が多すぎるのだ。オレがからかって泣かせたなんて知れたら、この上なく面倒なことになる。

「どうせ、私は支配人さんのように賢くない! 彼のように強くもないし、見た目も悪いもの……! 君だって本当はこの家になんて居たくはないのだろう!?」

 脈絡もなく無関係の人間が登場した。今のヴィンセントの言葉は、完全に支離滅裂だ。

「おい、なんで、ここであいつが……」

「私だって、支配人の彼のように生まれつきたかった! 彼のように聡くて綺麗で、心の強い人間になりたかったけど……」

 ゲホッゲホッと大きくえずくヴィンセント。留まることを知らない嗚咽で、顔が真っ赤だ。あの薬は本当に興奮剤なのか? いや、確かに興奮してはいるようだが、やや方向性がずれてきているように感じる。

「わ、私だって、君に愛されるような人物になりたかったけど…… でも……!」

「ああ、わかったわかった、愛してる愛してる」

「どうでもよさそうに言わないでくれたまえッ!」

 そうオレを怒鳴りつけ、足を組んでソファに座る俺を押し倒してきた。

 普段ならば一緒に倒れ込むことはないが、完全に油断していたのだ。オレとヴィンセントは、大きなソファにもつれこむようにして倒れ込んだ。

「痛ッ! なんだ、いきなり」

「君を彼に渡したくない……ッ!」

「おいおい……」

「ずっと……ずっと、君の幼い頃から、大切に思っていたのに……! 君のことをずっと側で見てきたのに……」

「ああ、わかったわかった」

 覆い被さってくる薄い背中を、ポンポンと叩いてやった。なんとか宥めて落ち着かせようと考えて。

 

 

 

 

 

 

「セフィロス、君は私のことが嫌いか? 私はそんなにも愚かか? 側に居ては迷惑か?」

 笑われたことをいったいいつまで気に病んでいるのか、ヴィンセントは立て続けにそう訊ねてきた。

「そんなこたァ、言ってないだろ、この酔っぱらい」

「君が好きだ……大好きなんだ」

「ああ、ハイハイ。おかしな薬なんざ飲むから、こんな目に遭う。これからは十分気をつけ……」

「セフィロス……私のことを……私のことを……」

 人の話なんぞ聞いてやしない。

「私のことを……好きになってはもらえまいか……?」

 ああ、バカ、よせ。

 失敗した。こんなときにヴィンセントをからかうんじゃなかった。

 ふたりきりの部屋で、むき出しの感情をぶつけられては、オレの方が耐えきれなくなる。

 大人しくて鈍感で、お人好しのヴィンセント。オレがどれだけおまえを欲しているのか、おまえは知らない。

 一緒にルクレツィアのほこらに行ったときにも、ネロらに奪われたおまえを救い出しに行ったときにも……どれだけオレが、そのままおまえを掠め取りたいと考えていたことか。

 

『オレが本気でおまえを望めば、おまえは壊れてしまうぞ、美しい操り人形よ』

 泣き濡れた白い顔を眺めつつ、心の中でそうつぶやいた。

 

 今のオレには、以前クラウドを側においていた時のような愛し方は、もうできない。そしておまえはクラウドとは違う。

 おまえはオレの嗜虐心に火を点す。熾火のようにくすぶった感覚を煽る。

 どれほどおまえが欲しくても、穏やかに大人しく愛することはできない。

 オレがおまえを手に入れたなら、おまえの持っているものをすべて奪い去って、外界には一切出さず、永遠に……それこそ、その命尽きるまで、オレだけにしかわからない場所に閉じ込めてしまうだろう。

 光すら与えず、オレだけしか見えない生きた人形にしてやりたい。

 だから……だから、おまえにはオレではダメなんだ、ヴィンセント。

 

「ほら、離れろ。おまえのことはオレなりに大事に思っているんだぞ。なんてったって、ここでの食生活がまともなのは、おまえのおかげだからな」

 やや冗談めかしてそんな言葉を探し出したが、ヴィンセントはにこりともしなかった。上に乗って、オレを押さえつける腕を緩めさえしない。

「セフィロス…… セフィロス……」

「おい、退け。オレがやさしく言っているうちにな」

「怒っても怖くない! 私は……私はいつも不安で仕方がなかった。そう感じるのは君に対してだけだ」

「この……ッ!」

 胸を押しつけてくる手をひとまとめにして、ぐいと引っ張り上げた。だが、奴はらんらんと輝く紅い瞳で、オレを睨め付けた。

「君だけは、いつかいなくなってしまうんじゃないかと…… 私を……私や皆を放り出して、またどこかに行ってしまうんじゃないかと…… そんなのは絶対に嫌だ! 嫌だ!」

「騒ぐな!」

「絶対に嫌だ! セフィロス…… セフィロス……!」

 オレは細い両腕をそのまま引き込み、身じろぎする身体を抱き上げた。

 そのまま、やや乱暴にベッドに放り出す。

「おまえは今、薬のせいでおかしくなっているだけだ」

 オレはヴィンセントに言った。それと同時に自分自身にも言い聞かせた。

 今のヴィンセントは普通じゃない。小さな子供が思い込みで話しているのと変わらないのだと。