〜 a life of dissipation 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<17>
 セフィロス
 

 

 

「めずらしくも疲れた顔してるね、あなた」

 翌日、鼻の効くイロケムシが、興味津々なのを隠しもせず、オレに声を掛けてきた。

「兄さんが落ち込んでるのはわかるけど、あなたまでどうしたっていうのさ」

「おまえのいうとおり疲れているだけだ。別に落ち込んでいるわけじゃねぇ」

「チビ・ヴィンセントは苦手?」

「ガキはストレート過ぎて、相手をするのが疲れる。おまえやジェネシスはたいしたモンだぜ」

 今日もチビ・ヴィンセントにべったりなジェネシスを眺めやって、オレはつぶやいた。

「ところでクラウドはどうした。まだ寝ているのか?」

「うん、今日は休みの日だし…… 昨夜、ほとんど眠れなかったみたいだね。朝ご飯いらないって言われた」

「チッ……バカが。メシも食えないほど凹むようなことじゃねーだろ」

 やれやれ手間のかかるクソガキだ。クラウドはいくつになっても、幼い頃の面影を残している。昔から、うれしいときには飛び回り、悲しいときや寂しいときは、潔いほどに沈んでしまうのだ。かつてはそんな彼を引き上げてやるのはオレの役目だったが、今はもうお役ご免だと思っていたのだが。

「ちょっと、クラウドのところへ行ってくる。しばらく放っておけ」

「あー、ハイハイ。なんとかしてやってちょうだい」

 イロケムシの言葉に送られて、オレはクラウドの部屋に行った。

 ……ヤズーの奴に言われたから自覚したわけではないが、オレ自身、大分調子を狂わされていると感じる。

 やはり薬を飲んだヴィンセントがひっついてきたときに、手を出すべきではなかったのだ。あれのせいで、おのれの中に押し込めた欲求をまざまざと見せつけられた。

 もし、ヴィンセントが本当に欲しているのが、オレであるのなら……それが本当のことならば、オレはクラウドから彼を奪い去ることになるのだろうか?

 いや、それはない。それはしてはならないことだ。クラウドを二度も痛めつけることになる。

 

 

 

 

 

 

「おい、クラウド。入るぞ」

 軽くノックをした後、オレは勝手にドアを開けた。カーテンが引かれたままの部屋は、薄暗く一瞬視界が曇ったようになる。

 よく視ると、クラウドはベッドにもぐりこんだまま、ぎゅっと身体を丸めていた。不安があるときのこの子のくせだ。

「いつまでそうしているつもりだ。……メシくらいきちんと食え」

 そういって、小山のようにこんもりと盛り上がっている布団を、ぽんぽんと叩いてやった。

「セフィ…… ごめん」

 もぞもぞと顔だけ出してきて、そう小さくつぶやいた。オレが様子を見に来たんだと理解したのだろう。

「なんか……あのヴィンセント見てると、今まで一緒にいたヴィンセントのこと思い出しちゃって……」

「そりゃ同一人物だからな。あれが成長すりゃオレたちの知っているヴィンセントになる」

「うん…… そうだけど……そうなんだけど……」

 じりじりと丸まった布団からはい出してくると、クラウドはオレの膝に、横向きに頭を乗せた。

「俺、ここに来てから、ヴィンセントと離れたこと、ないんだ。ネロたちの一件とか、そういう望まないで引き離されたことは何度かあったけど…… 意図的に離れたこと……ない」

「そうか。まぁ、そうだろうな、おまえは」

 そういってこめかみの生え際を撫でてやった。

「ヤズーやカダージュとか……それにジェネシスも、戸惑っていたくせに、もう馴染んでる。あれじゃあ、俺のヴィンセントの居場所がなくなっちゃうよ……」

 クラウドは早口にそういうと、ギュと俺の足に顔を押しつけてきた。その部分がじわりと熱くなる。

「バカ、そうじゃないだろ。あいつらはちゃんとあのガキが小さくなったヴィンセントだとわかっているから、ああして上手いこと受け入れてんだ。十歳そこそこのガキ相手に深刻になっても逆効果だしな」

「俺……できないよ、みんなみたく。俺のことを知らないっていうあの子に、ヴィンセントって呼びかけらんない」

 ぎゅっと唇を噛みしめ、クラウドが言う。自分自身がもどかしくて仕方がないのだろう。

 あの子がヴィンセント本人だということも理屈ではわかっていても、クラウドの感性受け付けないのだ。

 この子にとってのヴィンセントは、ずっと年長の、穏やかで物静かな紅い瞳の麗人でなくてはならないのだ。

「ああ、だから、無理をする必要はない。おまえが一番拒絶反応が強いのは当然なんだからな。事態が落ち着くまで大人しくしておけ」

「寂しい」

 ぽつんとクラウドがつぶやいた。

「寂しいんだ、セフィ。どうしよう、俺、すごく弱くなってる。ヴィンセントと一緒にいるようになってから、彼を守らなきゃってずっと思っていたのに……実際、剣の腕だって上がったはずなのに…… でも、こんな出来事にものすごいショック受けてる。怖くてしょうがないんだ。……どうしよう、どうしよう、セフィロス」

 まただ。子供の頃と同じセリフを繰り返している。

『どうしよう、どうしようセフィ。どうすればいいの?』

 大きな瞳に涙をいっぱいに溜めて、オレの袖口を掴んできた細い指を思い出す。

「いつものヴィンセントに戻りゃ、そんな不安なんざすぐに消える。おまえは今、気が立っているだけだ」

「……でも……」

「大丈夫だ。……あいつが勝手にどっか行っちまったわけじゃないだろう? ちゃんとこの場所に居るんだ。後は時間が解決してくれる」

「うん……」

 コクンと頷いて、ごしごしと顔を擦る。

「俺もやっぱり……なにも変わらないでいて欲しい」

「何の話だ?」

「ヴィンセントがよく言っていたこと…… いつまでもずっと皆で仲良く暮らしていきたいって」

 クラウドがつぶやいた。

「ヴィンセントは当然だけど、セフィも……ヤズーたちも、何一つ変わらないで、みんなで一緒に……」

「妙にしおらしいことを言うじゃねーか。ヴィンセントとおまえの中を邪魔されるかもしれんぞ」

「そ、それは全力で阻止するけど……でも、やっぱり、俺……セフィにも側にいて欲しい」

 横向きだった体勢を上に向き変える。クラウドの深い海の色の瞳が、俺をじっと見つめる。さきほど泣いたばかりのせいか、目の縁がうっすらと紅く染まっていた。

「……まったく、おまえはいつまでも甘ったれで困るな」

「セフィといるとそうなっちゃうんだよ。……嫌なら、俺にやさしくしないで」

「別にそんなことは言っていない。甘ったれでわがままなおまえは可愛い」

 そう言って、座ったまま背をかがめる。クラウドの腕がすっと伸びてきて、俺の肩に這わされる。

 久々のキスは、思ったより濃厚なものになった。彼の舌がオレのそれに絡んできて、軽く吸い上げると、歯列を割って忍び込んできた。

「ん…… やっぱ、ここまでにしておく」

 息が続かなくなったのを切りに、クラウドの唇が離れていった。

「これ以上しちゃうと、止まんなくなりそうだから」

 彼はクスッと笑うとそう告げてきた。

「そうだな。さすがに朝っぱらからすることじゃないな」

「昔は朝っぱらから、何度もしたよね」

「そういや、そうだったな。……まぁ、いい。満足したならシャワーを浴びて、メシ食ってこい。イロケムシが心配している」

 そう言ってオレは立ち上がった。

「わかったよ、そうする」

 苦笑混じりに、クラウドは了承した。オレがめずらしくも説教じみたことを口にするのが可笑しかったのかもしれない。

「ありがとね、セフィ」

 オレのほっぺたにチュッと口づけると、クラウドはオレを抜かして先に部屋を出て行った。