End of Summer
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
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Interval 〜04〜
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

 

 今日は朝から、とても気持ちの良い気候だった。

 隅々まで冴えわたる空の色……だが、いつもの茹だるような南国の空というより、もう少しばかり天の高い……例えるならば高原の初夏の朝といった風情だった。

 

 例のDGの一件が無事終わり、私がこの家に戻ってきてから、早いもので一ヶ月の月日が経とうとしている。

 もう二度と、開けることもないと思っていた私室の扉……使い慣れたキッチン……そして皆の集う居間。

 すでに一ヶ月も過ぎ去るというのに、殊の外、眠りから目覚めた朝方など、感慨深く感じるものだ。

 ……なんだかいつまでも眠っているのがもったいないような……そんな気がして、必要以上に早く目が覚めてしまう。

 下手にこの心持ちをクラウドに語ると、かえって心配させてしまいそうで口にするわけにはいかないのだが。

 今朝も早すぎるくらいの時間に目覚め、同じく早起きの『ヴィン』の相手をしてやったところだった。もっとも私は子ども達のように走り回って遊び相手をすることなどできそうもないので、一緒に話をするくらいのことであったが……

 

 

 

 

「はいはい! じゃ、朝御飯も終わったことだし、そろそろ始めようね! 割り振りは打ち合わせどおり!」

 今日は恒例の大掃除が予定されている。

 ここのところ、取り込んでいて、ついつい先延ばしになっていたが、綺麗好きなヤズーは忘れていなかったようだ。

 朝食を済ませて一段落した後、彼は高らかに指揮を執った。

 

「はーい」

「はぁい!」

 素直な子どもたち。

「ちぇッ、めんどくせ」

 というのはクラウドだ。

 

「……兄さん、何か言った?」

「なんでもないです」

「いい?兄さん。せっかく立て直したこの家、こまめに手を入れてやらないと痛みが早くなっちゃうよ。ここはあなたとヴィンセントの大切な『愛の巣』なんでしょう?」

 ズズイとばかりに細身を乗り出して、クラウドに詰め寄るヤズー。

 さすがに『愛の巣』などという物言いは、汗顔の至りなのだが、皆の住まうこの場所を大切に思う気持ちは私も同じだった。

「はいはい。愛の巣だもんなァ。手ェかけてやらないとね」

 ひょいと両手を上げ、降参とばかりにクラウドが宣った。

 

「じゃあ、始め!」

 パンと手を打つと、皆がちりぢりになる。

 だが、セフィロスの姿は今朝方から見えない。昨夜はまた帰宅が遅くて、朝食さえもまともにとっていないのだ。

 口うるさく言うつもりはないのだが、やはりどうしても心配してしまう。

 

 例の一件で、私を庇った彼は、顔と腕の一部に火傷を負い、あろうことかあの豊かな銀の髪まで失うことになってしまった。

 こんな物言いをしても、クラウドやヤズーなど、「髪なんかまた生えてくる」といったような返事をしてくれるわけだが、私は平静ではいられなかった。

 なぜなら、腰を覆うほどに豊かな銀色の髪は、セフィロスのトレードマークのようなものであったし、艶やかで光沢のあるそれは、本当に美しくて……切らざるを得ない状態にしてしまったのは、私自身にとってあまりに痛恨であったのだ。

 

 唯一の救いは、本人が言うように、セフィロスの髪は伸びが早かった。

 肩を越える程度に切りそろえた髪は、既に背の中に届く程度にはなっていたし、美しい銀の光沢も寸分の変わりはない。

 だが、やはり、夜風に揺れるプラチナの長髪を思い出すと、胸が苦しくなってくる。

 

  

「おい、何を惚けてやがる」

 すぐ近くで声をかけられ、ハッとして顔を上げる。

「え……あ……セ、セフィロス?」

「相変わらずぼんやりした野郎だな、おまえは」

「あ、あの……すまない……」

「フン」

 鼻で笑われ、恐縮してしまったところに、ヤズーが助け船を出してくれた。

 

「ちょっとォ、寝坊スケの分際でそれはないんじゃない? ああ、ちゃんとゴハンは食べたワケね。そのトレイ」

 ツケツケとした物言いのヤズー。

「おまえらが枕元に置いておいたんだろーが」

「そうだよ、わざわざヴィンセントがね。お礼は? セフィロス」

「あ、あの、い、いいんだ、ヤズー。それでは、私は台所のほうから清掃するから……」

 セフィロス相手でも、ハッキリ、きっぱりとモノが言えるヤズーとは異なり、私の頭は回ってくれない。つまらぬ失言をする前に、そっと場を辞すことにする。

「あ、ヴィンセント。そこは玄関済んだら俺もやるから、あなたはあんまり無理しないで、病み上がりなんだからね」

「ケッ、貴様でも、ヴィンセントにだけは甘いな、イロケムシ」

「そりゃあもう、優しくて真面目で大人しくて、素晴らしく素敵な人だからねぇ。おのずとこちらの気遣いも変わるってもんだよね、誰かさんに比べて」

 華のような満面の笑みを浮かべ、言い放つヤズー。

 

 ……ヤズーは、私にとても優しいのに、セフィロスへの当たりがキツイ。

 もちろん、内心ではきちんと配慮してくれてはいるのだろうけど、あの艶やかな紅い唇から飛び出すのは辛辣な言葉ばかりだ。

 キッチンへ避難し、そんなことを考える。

 

 ……ああ、しまった。セフィロスのトレイを受け取ってくるべきだった。

 何故に私はこう愚図なのだろう。ヤズーなど、一度に三つも四つも物事を片づけてしまうのに。

 ……料理を作った者として、トレイの中身が気になる。セフィロスの食器ならば尚のことだ。

 もし……口に合わないようだったら……一応、野菜類を中心にした、胃に優しいメニューにしたつもりだったのだが。

 オープンキッチンのサイドボードから、わずかに身を乗り出し、覗いてみる。ヤズーとなにやら話しているようであったが、セフィロスがふいと横を向いた拍子に目が合ってしまった。ついつい条件反射で身を引く。

 ……ああ、のぞき見るなど、何てはしたない真似を……きっと嗜みのない私を呆れていることだろう。どうして私はこう間が悪いのだろうか。

 こんなにも好意を持っているのに、何故か彼の前だと殊の外、情けない態度ばかりをとってしまうのだ。

 ヤズーやクラウドのように、ごく自然に話しかけたり、時には談笑する関係になりたいのに……いやいやそれは高望みに過ぎる。まずは彼に呆れられる回数を減らさなければ……