Fairy tales
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<1>
 
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

 

 

 

『……そうです。それは醜い野獣に姿を変えられた王子だったのです』

『ようやく人としての美しい心を取り戻した王子は、魔女の怒りを解くことができました』

 じっと絵本を見つめる彼の邪魔にならないように、私はそっとページを手繰った。

『王子は女神に祈りをささげました。魔女に姿を変え、王子の醜い心を諫めてくれた女神は、人の姿に戻った王子に夢の中で微笑みかけました』

『今は昔……ずっとずっと遙かなる古……一人の王子と女神の物語でした』

 ほぅっと安堵したような吐息が漏れ、それがすぐに規則的な寝息に変わる。私たちの家族の中で、唯一十代の少年、カダージュは物語本が大好きなのだ。

 セフィロスの思念体として生まれた彼らは、十分な身体機能と現世への知識を有しているが、こういった昔語りや日常的な事柄への理解が欠けている部分がある。

 三人の中でも、もともと明敏なヤズーなどは上手く立ち回っているようだが、もっとも年少で潜在能力の高いカダージュは、殊の外、そういった平均的な日常への順応が難しかったらしい。

 誰よりもカダージュのことを慈しんでいる、兄のヤズーがそういうのだから事実なのだろう。私もこの子と深く接するようになり、そういったことを理解できるようになった。

 

 だからというわけではないが、以前からこの子が興味を示していた、『物語』を語って聞かせるのは私の役目になっている。

 いや……私自身も楽しんでそうしているのだから、義務のような言い方をするのは間違っているのだろう。

 私の記憶している昔語りや、今のようにこうした大人向けの絵本などを読み聞かせてやる時間は、私にとって彼との大切なコミュニケーションの時間になっていた。

 規則的な呼吸が落ち着くのを見計らって、私はそっと身を起こし、カダージュの掛け布団を直してやった。扉の音を出さないよう気をつけ、そっと居間に戻る。

 

 

 

 

 

 

 時刻は夜十時半……セフィロスを始め、クラウドとヤズーもまだ居間でくつろいでいた。

「あ、ヴィンセント、カダ、寝た?」

 と、彼の兄のヤズーが、すぐに私に声を掛けてきた。

「ああ……心地よさげに眠っている」

「ごめんねェ、疲れてるのに、相手させちゃって。こればっかりはやっぱりヴィンセントがいいみたいでさ」

 女性のような華やかな美貌を笑み崩し、そう言いながら私に茶を淹れてくれる。夜なので寝付きやすいようにというだろう。温かなカモミールティーだ。

「……ありがとう。いや、私にとっても楽しい一時なのだ。あの子もそう感じてくれているのならとても嬉しい」

「ヴィンセント、やさしー。ブーブー、誰にでもやさしーんだから!」

「……クラウド」

「だってェ〜、そりゃカダと仲良くするのは悪いことじゃないけどさ〜。俺だって、もっとヴィンセントと一緒に居たいのに〜」

「……彼はおまえの弟だろう……?」

 きつい物言いにならぬよう、静かにクラウドにささやく。

 チョコボの尾のような軽やかなブロンド。海の色を模した双眸が美しい、はつらつとした青年、クラウド。

 私にとってとても大切な……そう特別な存在なのに、すぐにこのような不満を申し述べる。

 決してクラウドをないがしろにしているわけではないのだが、どうにも不満げな表情だ。

 カダージュは彼よりも年下だし、最年長の私としては、気遣いをみせるのは当然だと考えるのだが……

「ヴィンセントはさ〜、俺の恋人なんだからさ〜、もっとさ〜、俺と一緒に居る時間をね〜」

「うるせーぞ、クソガキ!」

 口をとがらせて文句を言うクラウドを、ソファで寝そべったままのセフィロスが蹴飛ばした。クラウドはソファの前でTVゲームに興じていたのである。彼はみごとにチョコボの雛のごとく、ごろんと転がった。

「痛いなーッ!何すんのさ、アホセフィ!」

「つまらんことでブーブー文句を垂れるな! ったく成人しても乳臭いヤツだな、おまえは!」

「なんだよ、それっ! 居候のくせにエラソーに言うな!」

「なんだと、このヤロ……」

 剣呑な表情でソファから身を起こすセフィロス。

「ふ、ふたりとも、やめてくれ……!」

 私は慌てて止めに入った。

 クラウドとセフィロスは……昔はむつまじい恋仲であったにもかかわらず、すぐにケンカになってしまう。

 確かに気の置ける間柄であるゆえ、遠慮がなくなるのかもしれないが、一触即発の雰囲気には困惑してしまうのだ。

「だって、ヴィンセント〜、セフィが蹴ったんだよ!? 見てたでしょッ?」

「おまえが夜中にギャーギャーとうるさいからだ!」

「フンだ!セフィの怒鳴り声のほうがよっぽどうるさいもん!」

「ふ、ふたりとも……」

 おろおろと言葉を重ねる私の後ろで、ヤズーがじろりとふたりをにらみつけた。

 美しい彼のキツイ一瞥は効果があるのだろう。クラウドはふて腐れたように口を噤み、セフィロスはフンとばかりに顔を背けた。

 難しい家人たちを、言葉もなく平らげるヤズーに対しては、本当に感謝と憧憬の念を抱いてしまう。

 

「はい、ヴィンセント、お茶のおかわり〜」

「あ、ありがとう……」

「あ、熱いよ、気をつけて」

 ヤズーは愚鈍な私に、とりわけ親しく接してくれる。その反面クラウドやセフィロスには当たりがキツイのだ。

 ……思うに、クラウドがもう少し落ち着きと、大人らしさを身につけてくれればありがたいのだが。そうすればセフィロスもからかうことはしなくなるだろうし、口論になることも減るだろう。

 だが、いつまでも少年らしい闊達さを持ち続けているのは、クラウドの、魅力の一つでもあり……私にとっても愛おしい部分だから、下手に注意するわけにはいかない。

 一見気丈に見えるクラウドだが、心ない言葉に傷つく繊細さをも持ち合わせているのだ。