Fairy tales
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<19>
 
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

「面倒くせーけど仕方がないな。オレの分の服を貸せ」

「あ、ああ、これを……」

 ヴィンセントの手からひったくるように衣装箱を受け取ると、その場で何のてらいもなく着替え出すセフィロス。女の子がいるっていうのに! ……ったく、なんつー野蛮人なんだよ、この男は!

「でもさぁ、兄さん以外、ぞろぞろと男三人で行くっていうのも、不自然かなぁ。フツー、カップルなんだよね。何とか伯爵と伯爵夫人みたいなカンジで」

 と、ヤズー。

「確かにな。見咎められぬとよいのだが……」

 ヴィンセントも頷く。教養あるヴィンセントがそういうのなら、通常、この手のたぐいの集まりは、男女同伴で行くのが常なのだろう。俺的にはどうでもいいことだが、ミッション開始以前のトラブルは極力避けたいところであった。

「それなら、おまえがクラウドに付き合え、イロケムシ」

「俺ェ? まぁ、かまわないけどさ。たまにはヴィンセントの晴れ姿が見たいなぁって思ったんですけど」

「ヴィンセントは見せ物じゃねーぞ、このヤロウ! ……でも、確かにちょっと見たい気もする」

「でしょぉ?」

 と調子を合わせるのはヤズー。一方ヴィンセントは蒼白だ。

「ダ、ダダダダダダメだッ! そ、そんなとんでもない! クラウドと違って私は貧相だから…… 女性の格好をするなど……ただ不気味になるだけで……ッ!!」

「そんなことないと思うけどなぁ。まぁ、ヴィンセントの場合、神秘的過ぎちゃって、それこそ、誰かさんがよく言う『女神』になっちゃいそうだけど」

 からかい口調でヤズーが言うと、もののみごとにヴィンセントは釣られた。正直な俺の恋人は夜目にもわかるほど、頬を真っ赤に染めてしまう。

「ヤズー……! バ、バカなことをッ! あ、あれは彼特有の言い回しで……」

「ちょっとヤズー、ジェネシスの話なんか出さないでよ!ウザイから」

「クラウド、そんな言い方は……」

「まぁまぁ、落ち着いてよ、ふたりとも。冗談だってば。超恥ずかしがり屋のヴィンセントだもんね、貴方にそんな無理なことは要求しないから」

 ヤズーが、今にも泣き出しそうなヴィンセントを宥めた。そして彼用のスーツを手渡すと、天気の話のように言葉を続けた。

「ま、なんにせよ、無事に城に入れなきゃ何もできないわけだから。俺が女性役をするよ。えーと、身長差のバランスでいうと、俺とセフィロスが組むカンジだね」

「悪い魔女のエスコート役がオレ様か?」

「憎まれ口叩いてる場合じゃないでしょ。ヴィンセントは兄さんをお願いね」

「あ、ああ、もちろん……クラウド、至らないが、よろしく頼む」

 と、まぁ、そんなわけで、俺たちはあらかじめ準備した車に乗り込み、敵陣へ向かったのであった!

 

 

 

 

 

 

「あー、クソッ! 緊張してきた!」

「クラウド……大丈夫だ、セフィロスもヤズーも一緒なのだから……」

「違うってば! 俺が気になっているのはヴィンセントのことだよ!」

「え……?」

「なぁ、いいか、ヴィンセント? もし、会場で変な女に声かけられてもちゃんと断ってよ? こーゆー場合なんだからさ、いくら可哀想に思えても女どもからの誘いは適当に躱してよね!? あー、いやいや男にも注意だな! ジェネシスみたいな不逞の輩がいないとは限らないッ!」

 俺は無礼きわまりない変態紅コートを思い出して悪態を吐いた。

「ク、クラウド……そんな……ジェネシスはいい人だと……」

「もう、ホント、ヴィンセントってば人がいいんだから!」

 俺が苛立った声を上げると、セフィロスが盛大なため息を吐いてくれた。

「アホか、クソガキ。今回ばかりはヴィンセントに気を取られている場合じゃねぇんだぞ? 貴様はあのバージン女の身代わりとして、童貞王子を落とさにゃならんのだからな!」

 ったくこの人ときたら、バージン女とか童貞王子とか、とんでもない造語をしてくれる。ま、確かに俺の目から見ても、経験豊富な王子には見えなかったけど。

「まぁ、最終的には当然兄さんとシンデレラちゃんが入れ替わるわけだからね。そのときにあまり違和感があるようだとまずいよねェ」

 とヤズー。

「そうだな……しとやかに振る舞わねばな、クラウド……」

 ヴィンセントも、それに頷き返す。

「わかってるってば! たださ、俺が任務に集中できるようにアンタらは、ちゃんとヴィンセント守ってよ!? そうじゃないと気が気じゃ無くて仕方ないからッ!」

「ク、クラウド…… 私は大丈夫だから……」

 彼は細い指をそっと俺の手に重ねた。手袋をしていたから、その感触を味わえなくて残念だった。

 むっと頬を頬をふくらませた、女の顔をした俺が可笑しかったのか、ヴィンセントはめずらしく楽しげに微笑んで、髪を撫でてくれた。今は付け毛で長くカールされた髪を。

「クラウドは……そんな格好をすると、本物の女性に見える。なんて可愛らしいのだろうか」

「えー、まぁね〜。ヴィンセントにそう言われると照れちゃうけど〜」

「きっと肌の色合いなど……同じ白い肌でも、不健康な色味の私とは大違いだ」

「えぇ! 俺はヴィンセントみたいな透明感のある色って大好きだけど! ほら、俺って、ちょっと赤みが強いじゃん。ピンクっぽいっていうの? なんか子供っぽくてさ〜」

「それはとてもよい部分だろう? 王子はともかく……おまえのほうこそ、おかしな輩に近寄られないよう気を付けた方がいい。なるべく私も側にいるよう心がけるから」

 ヴィンセントは、かなりまじめ表情でそう言うと、話を締めくくったのであった。

 車の前方に城の華やかな光が見えてきたから。

 それは夢に誘うような、幻想的なオレンジの輝きをしていて、我知らず見とれてしまっていた。

 

「よし……ミッションスタートだ!」

 という、味も素っ気もないセフィロスのセリフで、俺は正気に返った。