〜 銀 世 界 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<1>
  
 ヤズー
 

 

 

 

 

「……兄さん。そろそろ玄関のつらら、壊しに行かないと……」

 ため息混じりに、俺は低くつぶやいた。

 サンルームからの庭は、一面銀世界に変貌している。

 吹雪……とまではいかないが、重そうな牡丹雪が、辺り一面に降り注いでいるのだ。

 青々とした椰子の木も、南国独特のハイビスカスにも、ところかまわず降り積もり、白いペンキをひっくり返したように、真っ白に染め上げている……

 

 ここは、コスタ・デル・ソル……南国のパラダイスのはずなのに……

 

「もう、いいんじゃない? こんな状況で家を訪ねてくる奴なんざいないだろ…… うう〜、寒ィ、へっくしょんっ! ねぇ、ヤズー、ストーブつけようよ……」

 兄さんはグズグズと鼻水を啜りながら、毛布にくるまった芋虫のような格好でねだってきた。

 気持ちはよくわかるのだが……

「……つけてもいいけど…… 言っておくけど、もう灯油も無くなりかかっているからね」

「………………」

「……ガスもキビシイから。料理と風呂以外には使えないよ」

「とっくに電気はアウトだしな」

 横から言葉を足したのは、セフィロスである。彼は兄さんのような芋虫にはなっていなかったが、アンダーにシャツ……そしてセーターを着込み、さらに上からレザーコートを羽織っていた。 

「クソッ……いっそ、その暖炉を使ってみるか?」

「暖炉って……だいたい燃料の薪なんかないじゃん」

「クラウド、森で切り出してこい。このクソ寒さなら、クマも出ねーだろ」

「そんならセフィが行ってきてよ。セフィならクマと遭遇しても逆に狩って食料にできるでしょ」

「そんなに誉めるな」

「誉めてねーよ。ああ〜、寒ッ!」

 兄さんとセフィロスの陰険漫才をやり過ごして、カダージュたちの側に行く。

「寒いよ〜、ヤズー」

「カダ。もっとこっちにおいで。ロッズもくっついてろ」

「うん…… っくしょん!」

 

「う゛あぁぁぁ〜ッッ! いったいもうどうなってるんだよーッ!」

 頭からかぶっていた毛布を放り上げ、兄さんが雄叫びを上げる。

 ……気持ちはわかるが、大声を張り上げたところで、暖かくなるわけではない。

 

 ……しかし、この状況はいったいどういうことなのだろう?

 

 南の楽園といわれた『コスタ・デル・ソル』

 宝石のような蒼い海に囲まれた、常夏の島……それがコスタ・デル・ソルの売り言葉だ。

 事実、この土地は、緩やかな四季はあるものの、圧倒的に夏日が多く、昼間はごく普通に30℃を超える。

 確かに朝夕の寒暖の差は激しいが、それだとて陽の出ているときはノースリーブ、夜になったらシャツを羽織ればいいという程度だ。

 兄さんやセフィロスなどは、大した差を感じていないのか、一日中ノースリーブか半袖で過ごしているくらいである。

 そう考えると今の光景はおおよそ信じがたい。

 これじゃあ、アイシクルエリアのコテージの中みたいだ。

 

 数日前から雪が降り出し、あれよあれよという間に、南の楽園を雪国に変えてしまったのだ。

 気温は零下に落ち込み、もともと冬仕様でないこの土地は、一挙に生活機能を果たさなくなった。

 まず電気がやられ、今は残り少ないプロパンに頼っている。

 だが、このまま雪が降り続けば、それだとて使えなくなる。そうしたらいったいどうやって暖を取ればよいのか…… 

 ここから数キロはある、内陸の森林に伐採にいくのか?

 そりゃ、俺たちは死にはしないだろうが、いったい何時間かかるか。

 幸い、食料については、雪が積もる前に、家族総出で食料品の買い出しにでかけたから十分余裕はあるが。

 ……もちろん、この吹雪が2〜3ケ月も続かないという前提ではある。

 すでに、容易にセントラルまで車が出せる状況ではない。当然宅配などに対応してもらえる状況ではないし、何しろ兄さん自身、デリバリーの仕事を休んでいるのだ。

 

 

 

 

 

 

「兄さん、落ち着いてよ。……騒いでも暖かくはならないでしょ」

 ため息混じりに俺は言ってやった。

「わかってるよ〜! でも、もうホント、たまんない! せめて電気だけでも〜」

 泣きべそ声で、兄さんがしゅんとへたり込む。

「……ロウソクの買い置きがあっただけラッキーだよ。ヴィンセントに感謝だね」

「いや、明かりとかそういう問題じゃなくてさ……」

「だって、テレビも見られないし、ゲームもできない〜ッ!」

「……あっきれた。それどころじゃないでしょ!」

 まったく、このゲーム世代が……! 

 俺の方が生まれたの、遅いんだけどね。……というか、つい最近なんだけど。

 兄さんは、いわゆる『現代っ子』的な要素が強いみたいで、テレビだのPCだの、ゲームだのと、そういった娯楽なしには生きていけない人間らしいのだ。

「大人しく本でも読んでいたら? 一応、外部への連絡なら携帯が通じるだろうから……」

「携帯でネットすると、すぐ充電切れちゃうんだよ!」

「……やれやれ」

 俺はさらに大きくため息をついて立ち上がった。

 キッチンで何やらしているヴィンセントを手伝いに行こうと考えたのだ。

 ここで、ぐちぐちつまらない愚痴を聞かされているよりは、何かして動いていたほうがいい。

 う〜、寒い。兄さんじゃないけど、やっぱりストーブ点けたいなぁ。でも、灯油の備蓄には限りがある。節約して使わなくちゃ……

 キッチンへ入ろうとしたとき、ちょうど大鍋を抱えたヴィンセントが出てくるところだった。

「あ、あの、皆…… 暖かなものを作ったから…… よければ……」

「ヴィンセント、俺、持つよ。うわぁ、いい匂い!スープ?」

「あ、ああ。食事はもう済んでいるから…… こういったものなら、腹に入るかと思って」

「入る入る! しかし、よくもまぁ、決まった材料でこうもいろいろ作れるもんだよねェ」

 心底感心しつつ、大鍋をテーブルに乗せる。もちろん、携帯用コンロの上にだ。

 普段は読んでもなかなか集まりもしないくせに、食べ物の時はきっちり着席して待機しているこの連中…… まぁ、男ばかり6人もいれば、そんなもんか。