〜 銀 世 界 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<11>
  
 支配人
 

 

 

 

「……あ、あの……紅茶のお代わりは?」

「ふふ、ヴィンセントさん。これでは私たち、水太りしてしまいますよ。何杯目の紅茶でしたっけ」

「あ、ああ、そうだな…… すまない」

 ヴィンセントさんは低くつぶやいた。

 あまり表情の変わる人ではないと思っていたのだが、側近くに居るようになると、わずかな仕草や語調などで、抱いている気持ちが容易に推察することができる。

「……まだ、彼らが出発して、たいして時間も経っていませんよ。そんなに心配していては身体が保ちません」

「あ、ああ…… そうだな……そうなんだが……」

 頭ではわかっているのだろうが、彼の表情は晴れなかった。

 この悪天候の中、徒歩で行けば二時間以上かかる、樹林に赴く人たちが気になるのは理解できる。だが、いささか度を超している心配様だ。

「雪は降っていますが、吹雪いてはいませんし」

「ん……」

「クラウドさんは思いの外、力持ちみたいですしね。運動神経もよいでしょうから」

「え……あ、クラウド? ああ、まぁ、あの子は……大丈夫だと思うが……」

 穏やかで落ち着きのあるヴィンセントさんが、『あの子』などという言い方をすると、まるで息子を案じる親のようにも見える。

「すまない、つい、そわそわとしてしまって…… 我ながら鬱陶しいだろうと思う」

「いえ、そんなことは」

 僕は慌てて頭を振った。鬱陶しいなどと言うつもりはまったくないが、ずいぶんとひどく心配をするのだなと感じただけだ。

「……ヴィンセントさんは、家族の皆さんを本当に大切に考えていらっしゃるのですね」

「ああ、それは……当然、そのとおりだ。家の者もそうだが、君やジェネシスのような良き友人についても、そのように思っている」

 至極当然という物言いで言い切る。

 私などさして親しくさせてもらっているわけではないと思うのだが……

「昨日まで、この家に、八人もの人間がいたのに……今は三人きりだ。皆……無事で早く帰ってきて欲しい」

「大丈夫ですよ。夕方には戻るとジェネシスさんが言っていたではないですか」

「あ、ああ、そうだな…… 彼はとてもしっかりとした青年だから…… ヤズーも一緒だし……」

 冷めたカップを手にとり、ヴィンセントさんは独り言のようにつぶやいた。

「なんだか、いつも不安になってしまって…… クラウドはともかく、セフィロスらはちゃんと帰ってきてくれるかと……」

「セフィロス? 何故です? 一番大丈夫そうな人だと思いますけど」

「ああ、いや……そういう意味ではなくて。ちゃんとこの家に戻ってきてくれるかと……」

「……? 彼はここで生活しているのでしょう?」

「……今はそうしてくれている」

 『そうしてくれている』?

「あの……ヴィンセントさん、それはどういう……」

「セフィロスのことは、以前からの既知であったのだが…… ずっと……ずっと離れていて……いい関係ではなくて…… 少し前に、訪ねてきてくれたのをきっかけに、ここで生活するようになったんだ」

「…………」

「セフィロスは、なにも無理にコスタ・デル・ソルに居る必要はないんだ。……クラウドとは違うんだから。でも、私の我が儘で無理に……」

「ちょ、ちょっと待ってください」

 思い詰めたような彼のセリフを、途中で遮る。

 薪を切り出しに行った彼らが心配というのもわかるのだが、それに輪を掛けて、毎日続く雪景色が、彼をナーバスにしているのだろう。

「ヴィンセントさん、あなたの我が儘でということはありませんよ。セフィロスは自分がそうしたいと感じたから、この家に留まっているのです。我が儘というのなら、あの人の右に出るレベルの我が儘人間はそうそういないでしょう。なんせ、自分のしたいことしかしない人なんですから」

 ややおどけた調子で、僕は言葉をつないだ。

 彼が深いワイン色をした双眸で、僕をじっと見る。

 似てる似てると周りはいうが、それは多分お世辞なんだと思う。僕などよりも、この人のほうが、ずっと美しい。

 造形というよりも、纏うオーラが異なるのだ。

 

 

 

 

 

「……あの、すまない……君」

 なぜかヴィンセントさんは、唐突に謝罪してきた。

「え? 何のことでしょうか?」

「君にこそ、こんな話を聞かせるべきではなかったのに…… 私としたことがつい失言を……」

「……? どうしてですか? 別に……」

「あの……申し訳ないと思っている。きっと……セフィロスは、本当は君の側に居たいのだろう」

 僕の顔を直視したくないのか、うつむきがちに顔をそらせて、小さくつぶやいた。

「は…… あの……?」

「口には出さないが……ごく当然のことだと思う。だが、私が……」

「あ、あの、それはおそらく勘違いだと思いますよ。セフィロスのほうこそ、この場所が気に入っていて、ここで生活しているのだと思います」

「…………」

 納得のいかなそうな顔に、僕はさらに言葉を続けた。

 以前の、ネロの一件のときにも、彼は同じようなことを気にしていたので、ここではっきりと言い置いておいたほうがよいと感じたから。

「確かに……僕はセフィロスと、それなりの付き合いをさせてもらっています。ですが、必ずしも共に生活して、ずっと一緒に……という関係ではありません。少なくともセフィロスはそう考えてはいないでしょう」

「だが……好き合っているのなら、一緒にいたいと感じるものだろう?」

「さぁ……それはどうでしょうか? 『好き』にも色々あることですしね」

 僕は曖昧に笑ってごまかした。

 これ以上言及してしまったら、僕は僕自身を、『あなたの身代わり』と言わなければならなくなる。

 どうしても必要な場面ならば、僕はそう言うだろう。

 眉一つ動かさず、言葉につまることもなく、そう言うことができるだろう。

 だが、言いたくなかった。

 なけなしの矜恃を失いたくはなかったのだ。

 平静を装って、その言葉を口にするには、僕はあまりにも、セフィロスへの想いを、深くしすぎていたのだ。