〜 銀 世 界 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<22>
  
 セフィロス
 

 

 

 

「『情けない』なんて、言っている場合じゃないだろう?」

 間近で声を掛けられて、オレはハッと意識を引き戻した。痛みと熱のせいで朦朧とした頭に、目からの画像が映し出された。

 ……ジェネシス……?

「……うッ……」

「セフィロス、大丈夫か? 立てるか……?」

「ジェ……ジェネシス……?」

「そうだよ。遅くなってすまない」

「お、おまえ…… いつ……」

 そう訊ねると、ジェネシスの服を握り締めたヴィンセントが、ぼろぼろと涙を流していた。

「十分くらい前にだ…… 上からここまで来るのに少し時間がかかったが」

 ジェネシスはそういうと、オレの服に積もった雪を払ってくれた。

「おせーんだよ…… クソッ……」

「ヴィンセントに聞いたけど、足を痛めたそうだね。……熱はそのせいかな」

「…………」

「いいよ、しゃべらなくて。さぁ、背中に乗ってくれ」

「……いい。立てる……自分で……」

 バカかオレは……あのときと……同じことを口にしている。

「女神も守り通してくれたし、もう頑張る必要はないだろ。ほら」

「……チッ……」

「いつまでもそんなところに座り込んでいたら、それこそ身体が冷え切ってしまう。早くしたまえ、セフィロス」

 オレの前に広い背中が差し出される。

 ああ、そういや、オレは何度かこいつの背中を見た。神羅のいた頃、酔っぱらって歩けなくなったときも背負ってくれた。

『セフィロスは本当に仕方がないなぁ』

 とか、なんとかいいながら。

 

 

 

 

 

 

 

「……クソ……落とすんじゃねーぞ……」

 オレはそんな悪態をついて、ヤツの背に負ぶさった。

 体温が伝わってきて、腹の方が少し暖かくなった。

『まずは最初に女神からだ。頼むよ、ヤズー、チョコボっ子』

『ああ、大丈夫、任せて』

『ヴィンセント、しっかり掴まっててね!』

 やり取りが、まるで、つけっぱなしのTVから流れ出るような感じで聞こえてくる。

 ……よかった。

 支配人は、無事に連中のところに帰り着けたのだ。よかった…… 

 あの場ではああいって帰さざるを得なかったが、万一途中で足跡を追えなくなったとしたらと考えると……不安だった。

 聡明な男だが、あくまでもごく一般の人間だ。オレなどとは身体のつくりが違う。

 

 しかし、ヴィンセントとあいつの前でこのザマか…… やれやれ……。

 

「オーケー、ジェネシス! 次はアンタの番だ! ロープ固定したぞ!」

「ジェネシス、大丈夫? 途中まで、俺降りようか?」

「大丈夫だ、ヤズー、問題ないよ。それより、ロープを頼む。……さぁ、セフィロス行くからな。ちゃんと掴まっていてくれよ」

 ジェネシスは低くそうつぶやいた。

 ギシッという音が聞こえた。ジェネシスがロープを握ったのだろう。

 そして、体重が移動するような感覚。オレを背負ったまま、ロープを登っているのだ。

「ジェネシス、足場に気をつけて!」

「そっち! そっちに足場があるから」

 オレを背負っていても、腕一本で要領よく登ってゆく。かなりの負荷がかかっているはずなのに、上手くバランスをとって安全なルートを選びつつ移動する。

 オレなど、煩わしいことは、力業で切り抜けることが多いが、ジェネシスはいつでももっとも労力の少ない方法を選ぶのだ。意図的に選択するというよりも、自然体で判っているというのが一番近い感じだ。

 そこがまたひどくムカツいたりもしたのだが……

 そういった周到さはジェネシスの特性からなのだろう。天性のボディバランスの良さ、視野の広さ…… それくらいは、まぁ、認めてやってもいい。

「セフィロス、揺らしてごめん。もう少しだからね」

「…………」

 そんな猫なで声は、ヴィンセント相手にやってろ。よけいな心配はすんじゃねぇ。

 ……そういってやりたかったが、口をきくのも煩わしかった。

 こいつは律儀に、腕一本を支柱にして長い崖を登っている。もう一方の腕は、オレの腰の下にしっかり宛がったままなのだ。

 ちゃんと掴まっているんだから、楽な体勢で登りゃいいのに……

「ジェネシス、もう少しだ。手、伸ばして」

 イロケムシの声が近くなった。

「セフィはそのままのほうがいいな。ヤズー、同時に引っ張るぞ」

「ああ、兄さん。ヴィンセントと支配人さんは、ロープ見ておいてね」

 ガクンというショックに、オレは薄目を開いた。

 ハァハァという耳障りな音は、ジェネシスの吐息ではなく、熱に浮かされた自分自身のものだった。