〜 午 睡 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<1>
 
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 カツンカツン……カツンカツン……

 

 研ぎ澄まされた氷のような廊下。

 長い長いそれは、いったいどこまで歩けば目的地へ到着できるのかと思わせる。

 無機質な長い道を、ふたりの男が歩いている。

 

 彼らは平均よりもずっと長身で、漆黒のスーツに身を包んでいる。

 奇しくもふたりとも闇のような黒髪を持ち、ひとりはまっすぐに背中に流し、ゆるやかなクセのある人物は、細い紐のようなリボンで括っていた。

 

 ああ、あれは私だ。

 そう、間違えるはずがない。否が応でもこれだけ長く付き合ってきた見てくれなのである。

 しかし、何故私が私の姿を視認しているのだろうか。

 

 ふと考え、私は至極合理的な理由に行き着いた。

 

『ああ……なんだ、夢か……』

 神羅時代の夢を見るのは久しぶりだ……

 コスタ・デル・ソルで暮らし始めた当時こそ、よく神羅時代の夢を見た。悪夢に襲われ、魘される私を、何度もクラウドが起こしてくれた。

 

 だが…… 

 ああ、だが、今日の夢は大丈夫そうだ。

 ここはホルマリンの臭いに満ちた研究室でも、陰気な書庫でもない。

 美しく磨き込まれた廊下は、神羅本社のものに他ならないのだから。

 私の身をあやうくする輩はいない。大丈夫……今日の夢は大丈夫だ……

 

 

 

 

 

 

  そう……夢だ。

 だが次の瞬間、私の視点は、廊下を歩く人物……

 さきほどまで上空から眺めていた、もうひとりの私の視点に変わった。完全に当事者として。

 だから、傍らを歩く男性のスーツの織り目も見えるし、長い髪が歩みに合わせてかすかに揺れる様まではっきりと見取れた。

 

「どうぞ、こちらです」

 私の前を歩いていた彼が、ビロードの絨毯の敷かれた一室の前に立った。

 彼は……そう、見覚えがある。 

 三者会談のためにミッドガルへ赴いたときに、ルーファウス神羅の側に侍っていた人物だ。 

 名は確かツォン。タークスのリーダーと紹介された男性だ。目を負傷していた私が、彼の姿を直視できたのは、すべての事柄が終わった後だったので、それほど親しく語らったわけではない。無口で生真面目な印象の人物だった。

 ツォンは重厚な扉を自ら開くと私を招き入れた。

 

 扉の向こうには、金髪の青年が座っていた。

 ルーファウス神羅。

 いや、青年というよりも『少年』とでも呼んだ方が良さそうな姿だ。

 先日、ミッドガルで相まみえた時よりも、ずっと幼く感じる。印象的な金髪はそのままに、深い海の色の瞳、鼻梁は高く筋が通っているが、キツイ印象に見えない。それはおそらく、頬がふわりと明るく綺麗な弧を描いているからだと思われる。

 

「副社長、お連れいたしました」

 ツォンが一礼した。

 『副社長』……?

 ああ、なるほど、この夢の舞台は、「今現在」ではないのだ。

 彼がまだ副社長であるということは、プレジデント神羅は健在のはずだ。ルーファウスもやや幼く感じられるのはごく当然である。

 いったいこれはいつ頃なのだろう……?

 いや、いつ頃というか……

 私はおかしな既視感に感覚を奪われた。現役時代個人的に副社長と引き合わされたことはない。

 理由はごく簡単だ。

 その頃、ルーファウスはまだこの世に生を受けてさえいなかったのだから。

 視点が完全に生身の『私』とリンクする。

 この部屋のフレグランスや、ツォンが準備し始めた紅茶の香り……オフィスビル独特の、冷ややかな空気の感触……

 本当にこれは夢なのだろうか……?