〜 午 睡 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<101>
  
 夢の中のジェネシス
 

 

 

 

 

「おっせーんだよ!この愚図ッ! ボケナス! ソーロー!」

 俺を口汚く罵るセフィロス。ああ、彼はいつもと少しも変わらない。

「待たせてすまないな。でも、最後の言葉だけは訂正して欲しいんだけど」

「ケッ! そんなことオレが知るか!」

「知らないのに、女神の前で早漏扱いはないだろう? ひどいなセフィロス」

 常と変わらないセフィロスに、俺もいつものようにやり返す。

 

 女神とは別の意味合いで、俺は彼に惹かれている。

 唯我独尊、好きなように道を切り開いて生きてゆくセフィロスを見ていると、他人の思惑などどうでもよくなる。人間のもつ様々な賤しい感情……

 妬み、嫉み…… 怒りや苛立ち…… 

 そういった負の感情があっという間に昇華されてしまうのだ。

 そんなつまらない感情を、後生大切に抱え込んでいるのが馬鹿馬鹿しくなるのだ。

「おい、ジェネシス。ぶっちゃけ、オレさま一人で殺れるんだがよ。あの黒いのが邪魔をしやがる。貴様、あいつを抑えていろ。オレは御大をやる」

「OK。……たまには、もうちょっと素直に頼れよ」

「くだらんことを言うな。手助けさせてやるってんだ。黙って従え!」

 言うが早いか、セフィロスはそのまま長刀をかまえ、ヴァイスに斬りかかって行った。

「兄さん!」

 ネロが即座に動くが、俺も自分の仕事をする。

 彼の進路をふさぎ、剣を突きつけた。

「すまないが、セフィロスの邪魔をしないでやってくれるか。君の相手は俺が請け負おう」

「……貴方は本来、僕らの味方であったはずなのですがねェ」

 憎々しげにネロがつぶやいた。

「まったくホランダー博士は中途半端な人だ。まぁ、いずれにせよ失敗作ならば、ここで消すのが妥当でしょうね」

 骨で組み上がった翼が閃く。

 無数の刃が飛んでくるが、俺は避けることなく、剣で打ち落とした。

 多少なりとも傷を負うことは覚悟の上であったが、間合いを取らせて、セフィロスの戦闘に干渉するのが狙いであるとわかったからだ。

「消えなさいッ、このできそこないが!」

「クッ……!」

 

 

 

 

 

 

 ガゥンガゥンガゥン!

 

 背後から数回の銃撃が響く。

 俺はネロの攻撃をやり過ごし、しかも自らが一切怪我を負っていないことに気づいた。

 

「……さすが、女神だ」

 背後を振り向かず、ひとりつぶやく。

 彼を守ると言ったのは俺なのに、しっかりと守られている現状に苦笑するばかりだ。

「悪いな、ネロ。強力なスナイパーが援護してくれているようだ」

「おのれ……!」

 ずっと冷静を保っていた彼が、憎々しげに唇を噛んだ。

 おのれの放った攻撃が、俺にかすりもせずに躱されたということが信じがたい様子であった。

 そして、守られるだけと判じていたヴィンセントが、相当の使い手であったのも予測の外だったのだろう。

「今度はこちらの番だ……!」

 ネロの眉間をめがけて、剣を振る。

 ネロが再び翼を広げ、瞬間的に移動した。剣戟を避けたのだ。

 その部分をかすめることは出来なかったが、渾身の気を放った剣戟は、衝撃波となって額を撃った。

「グッ……!」

 ドンッ!と音がして、彼は二、三歩、よろけ後退した。

「ネロ…… ディープグラウンドで、ふたたび眠りにつけ!」

「黙れ! 僕は外に出る! 出て、兄さんと一緒に、僕らだけの聖地を築くのだ!」

 再び羽が閃き、今度は銃弾が襲ってきた。

 ドガガガガッ!

 という連続音は、まるでマシンガンだ。

 床を転がり、射撃を躱し、体勢を整える。

 ネロのもつ、不可思議な体技は、その存在だけで、十分敵を撹乱させようが、俺とセフィロスはソルジャークラス1stだ。これまで、どれほどの場数を踏んでいると思うのか。

「ネロ…… おまえには同情する。だが、もう眠れ……! 今度は誰にも邪魔されないよう、永久の眠りに着くんだ」

「ここで死ぬのは貴様だ! できそこないのジェネシス!!」

 激昂したネロに、微かな隙を見出した。

 オニキスの黒剣を引く。

「……ネロ、終わりだ……!」

「…………ッ!」

 拘束された形のネロの手が、衝撃を緩和させるために解放した。

 黒く長い鈎爪は、猛禽類のそれを思い起こさせた。

 斬りかかった俺の肩を、長い爪がグワシと抉る。肉を裂き、食い込んでくる疼痛をこらえ、俺はそのまま長剣でヤツの腹をえぐった。

 ……肩のひとつで済むならば安いものだ。

 

「ガッ…… アアァァァァ……!」

 カッと開いた口から、獣じみた咆吼が漏れる。

 俺はえぐり取った腹の部分から、そのまま上に向かって剣を引いた。

 すでにズタズタに引き裂かれた左肩は使い物にならない。だから右の腕と身体全体を使って。

「グッ……アアァァ! お、おのれ……おのれ、この失敗作が……!」

 彼はなんとか体勢を立て直し、ふたたび襲ってきたが、その攻撃にさきほどまでのキレはない。当然だ。腹の傷は完全に致命傷なのだから。

「ネロ…… ディープグラウンドで、眠ってくれ。もう、君の眠りを邪魔する輩は居ない」

 俺はふたたび繰り返した。『眠り』という単語を強調して。

「だ、黙れ…… 黙れ……!! 貴様も同類のくせに……ッ なぜ、出来損ないの貴様が外に居るのだ……! 我らツヴィエートには、貴様以上の資格があったはず……!」

「……俺が何者であるかは関係ない。守らねばならない人がいるから闘ったんだ」

 ごぼっごぼっと肺から血の溢れる音がすると、彼はグバッと血液の固まりを吐き出した。

「おのれ……ジェネシス……!! 貴様はすぐに、醜く朽ち果て、絶命する……! 僕はおまえに負けたわけではない……! 今ここで殺されずとも、すぐに運命がおまえを殺す……!」

「…………」

 俺は何も言い返すことができなかった。

 ネロの言葉に動揺したわけではない。俺とネロのやりとりが、女神の耳に入ってしまいそうだったから……