〜 午 睡 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<11>
 
 夢の中のザックス
 

 

 

「やれやれ、まったく君たちは冷や汗をかかせてくれる……」

 ラザードは銀縁眼鏡を取り外すと、息を吹きかけ、丁寧にハンカチで拭った。

 いや、悪いけど俺なんて、あの人が部屋に入ってきてから、汗掻きっぱなしなんですけど。

「彼は人柄の良い人物のようだが…… 部門長補佐だ。皆、今後、失礼の無いようにな」

「おめーがいきなり連れてきたんだろ」

 とセフィロス。

「……ヴィンセント・ヴァレンタイン氏は部門長補佐という立場だが、ハイデッカーはすでに支社に飛ばされているのだからな。実質的な権限はすべて彼がもつ。おまけにあの難しい副社長にまで気に入られているようだ」

「やれやれ、ラザード。君だって教会に行けばマリア像の前に跪くだろ? ルーファウス副社長だって同じことさ」

 ……ジェネシス……何言ってんだよ、訳わかんねーよ……

「とにかく、彼はソルジャー部門においても大きな権限をもつ重要人物だからな。くれぐれも振る舞いに気を付けてくれたまえ。……特に、セフィロスとジェネシス」

「なんだと、このヤロウ! オレ様はフツーに挨拶してやったじゃねーか。ヴィンセントも至って好意的だったぞ!」

「俺はきちんと女神に最高級の敬意を表明したはずだよ」

「……やれやれ」

 ラザードは額を押さえると、軽く頭を振った。もはやまともに言い聞かせる気も失せたという様子で。

 例の如くアンジールが、彼を慰め、ソルジャー一同は、ヴィンセント氏の着任を喜ばしく思っていると、言葉を重ねた。

 ラザードとアンジールが先に部屋を出て行く。

 

 俺もそろそろ退場してもいいよな……

「……あ、じゃ、俺……部屋帰るわ。お疲れさん……」

 補佐官殿が去った後、室内には妙に虚無的な空気が流れているのだ。ジェネシスの呆けた様が大きな要因だろうが、なによりヴィンセント氏自身のもつ不思議な雰囲気……決して出しゃばることなく、それどころかもっとも控えめな態度を取っていたにも関わらず、ここにいる皆を魅了したのだ。

 ジェネシスはいわずもがな、無口で不器用なアンジールも、彼の人柄に惹かれている。セフィロスの態度は誉められたものでは無かろうが、初対面の人間に対し、あそこまで愛想がいいのはめずらしいことだ。

 

 

 

 

 

 

「……ちょっとお待ち、ザックス」

 人を殺せそうな視線が俺の背後から襲ってくる。振り向くのに勇気がいるが、こいつはもちろんジェネシスに間違いない。

「な、なんだよ。晩飯食いに行くんだよ。アンタらは外に出るって言ってただろ」

「……おまえ、彼と知り合いだったのかい、ザックス?」

「は? 何言ってんだよ。そんなはずねーだろ」

「…………」

「な、なんだよ、その目は! 初めましてって挨拶しただろッ!」

 もちろん本当のことだ。事前に知っていたら、無様に緊張しまくることもなかった。

「……女神はずいぶんおまえに好意的だったね」

「『女神、女神』って気色悪ィんだよ」

 と上手い具合にセフィロスが合いの手を入れる。

「し、知るかよ! お偉いさんにゃ、俺みたいな下っ端が、めずらしかっただけなんじゃねーの!?」

「下品な言い方をするな。女神がそんな下等な好奇心で動くものか」

 不快そうに眉を顰めるジェネシス。ってゆーか、アンタ、今日会ったばかりのあの人の、いったい何を知っているってんだよ!

 ホント、この人は面倒くさい!まだ直情型のセフィロスのほうがやりやすい。

「あー、そうかいそうかい。じゃあな! 俺は約束があるからッ!」

「おい、ちょっと待て、ハリネズミ。約束の相手はクラウドじゃあるまいな?」

「だったら何だよ! ルームメイトなんだ。一緒にメシ食うなんざフツーだろ!」

 あ〜っ! 今度はセフィロスかよ!!

 神羅の英雄と称されるこのデカブツは、入社式の日、新入社員の修習生、クラウドに恋をしたのだ(本人談)。

 遊び好きのこの男は、これまで玄人ばかりを相手にしていた。つまり世俗の垢でドロドロのくせに、クラウドへの想いは初恋なのだという。

 ……それこそ、気持ち悪ィんだよ!!

 

「おい、ザックス。オレも一緒に行く」

 セフィロスはいつでも直球だ。

「……アンタ、今日は外食じゃねーの?」

「気が変わった」

「ハイハイ、そうですか。……ったくアンタが一緒だと周りの連中が……」

「あ? そんなつまんねーこと気にすんな。くだらん。オレはクラウドと一緒に食事ができれば満足なんだ」

 ……ああ、アンタはね……そうでしょうけどね。

「おい、セフィロス。それはないだろう。……おまえだけ逃げるってのは許せないな。できることなら、俺だってこのままルーファウスのところに押しかけていきたいところなんだからな」

「チッ!」

「なんだよ、約束があるんならそっちを優先してくれ。じゃ!」

 後のヤリ取りを聞くのが面倒くさかった。

 きっと、他部門の奴らか、上層部同士のつきあいがあったのだろう。

 俺はまだ何か言おうとするセフィロスたちを、後にほうほうの態で寮の部屋に戻ったのだ。