〜 午 睡 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<21>
 
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

「ほさかんさま……あ、いえ、ヴィンセントさん、お口に合いませんか?」

 となりのクラウドが、小首をかしげて(本当に『小首』だ)、私を見上げてきた。

「え、あ、い、いや、そうではない。ええと……その……量が……」

「でも、すぱげってぃとサラダだけですよね?」

 少年ならではのストレートさで訊ねてくる。

 舌足らずの物言いが可愛らしい…… ああ、今はそんなことを考えている場合ではない。

「ああ、まぁ……だが、社食というのは、とても分量が多いのだな。少し……驚いた」

 そうなのだ。決して弁解ではないのだが、私はセフィロスたちと違って、

「大盛りにしてくれ」

 と、頼んだわけではない。だが、プレートに乗っているパスタの分量は、どう見ても1.5人前といったところだろう。

 寮生は男性だから、通常より多めに盛るのが慣習になっているのかもしれない。

「はい、寮のゴハンはいっつも量が多いんです。おばちゃんに少なめねって言ってもいっぱいだし」

「ああ、なるほど…… これで通常の分量なのだな。おそらくこちらの食堂に来るのは男性だけだろうから……」

「おっきくなりたいのでいっぱい食べなきゃって思うんですけど…… すぐお腹いっぱいになっちゃいます」

 クラウドが言った。やや深刻な表情で。

 この子は体格にコンプレックスがあるのだ。それは私と共にいる当時になっても変わっていない。14才現在のクラウドは、確かに小柄に見えるが、それはまだ成長期だからであって、少し時が経てば、少なくとも私の知るクラウドと同じくらいになるはずなのだが。

「クラウドは好き嫌いが多いからダメなんだよ」

 と、ザックス。新しいトレイには、なみなみと盛られたラーメンが乗っていた。

「えー! でも、最近は食べてるもん」

「色の濃い野菜キライだろ」

 からかい口調でザックスが言った。

 セフィロスはといえば……猫好きのような眼差しで、クラウドを眺めている。

 ここに来てから口数が少ないが、それは当然クラウドがいるからだろう。この子を眺めている時間が長いのだ。

 それにつけても……

 私としては、こんな表情のセフィロスを見られることはないから、彼の方を観察したいくらいなのだが。

 

 

 

 

 

 

「だって、色とか臭いが嫌なんだもん。にんじんだってこんなに大きくなかったら食べられるかもしんないけど」

 彼はフォークで、乱切りされたにんじんのかたまりを、ちょいちょいとつついた。

「ああ、なるほど。気持ちはわかるかな」

 と私はクラウドの意見に寄り添った。得てして幼い頃というのは、野菜が苦手な子が多い。特に男の子にその傾向が強いと感じるのだ。

 クラウドは私と暮らしている今現在でも、色の濃い野菜……つまり緑黄色野菜は、形を見えなくしてやらないとあまり食べてくれない。ハッキリと臭いや形が見える状態だと食べづらいのだと思う。

「ヴィンセントさんもおきらいですか?」

 たどたどしい敬語に、微笑み返して、言葉を続けた。

「いや、私はどちらかというと野菜は好きなのだが、君のように苦手な子も多いだろう。……ああ、そうだな。今度、シャロットケーキを焼いてあげよう。あれならば、君の苦手な野菜も無理なく食べられるだろうし」

「しゃろっと?」

「にんじんのケーキだ。ああ、安心してくれたまえ、まったくそれとはわからぬような焼き菓子だから」

「へぇ〜……」

「ヴィ……ヴィンセントさんが作るんッスか!?」

 ザックスが腰を浮かせて素っ頓狂な声を上げた。

 クラウドは形のわからない『にんじんのケーキ』ということに驚いたようだが、ザックスのほうは、私がそれを手ずから作るということに意外性を感じたらしい。

 ……私の実年齢は、皆よりもずっと年上だから、確かに『男子厨房に入るべからず』といった風潮もあったが、現代でも男性が料理をするのはめずらしいのだろうか。

「ああ、そうだが…… おかしいだろうか?」

「あ、い、いえッ! おかしいっていうんじゃなくて…… 補佐官みたいな……み、身分の高い人って、あんましそういうことを自分でするとは思っていませんでした」

 ……身分の高い人ね。

 こういった感覚も、『神羅病』だと思う。

「身分というより職位が高いというだけだ。これは年功序列的な要素もあるし、君らも長く社に務めれば私以上の仕事を任されることもあるだろう。それに私自身はそれほど有能ではないのだ。今回は適任者がいなかったというだけなのだろう」

「まぁたまた、ヴィンセントさん! あのツォンの自慢の仕方! おまけにウチの陰険メガネを感心させるくらいなんですから! ホント、ご謙遜ですよ!」

「い、陰険メガネ……?」

「ああ、ラザードのことッス」

 あっさりとザックスが答えてくれた。

「そ、そんな陰険だなんて。彼はとても有能な統括官だと聞いているのだが」

「んもう、ザックスってば、言葉が悪いんだからァ!」

「ふふふ、彼はとても慕われているのだ。うらやましいことだ」

「あ、いや、そーゆんじゃなくてですね」

 ……などと、あちらに行ったりこちらに行ったりで会話を楽しんだのだが、すでに食事を終えたセフィロスが、じっと私を見つめているのに気づいた。

「セフィロス……?」

「……アンタ、めずらしい人だな」

「え……?」

「いや、別に。ただ何となくそう感じただけだ」

「あ……」

 なんと返事をしてよいのかわからなくて。

 間抜けにも言葉を続けられなくなった。

 ……だが、私をとまどわせたセフィロスは、見たこともないような微笑を浮かべていて……

 コスタ・デル・ソルでのセフィロスの笑顔を違っていて。

 含みのないストレートな笑顔が嬉しくて……苦しかった。

 これから、彼自身の身に何が起こるのか。それを知った後、彼がどれほど過酷な生を歩んでゆくのか……

 

 ……すべてを知っている私には、つらすぎる笑顔だったのだ……