〜 午 睡 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<31>
 
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

「あ、あの……君……! し、しっかりッ!」

 私の部屋の扉に寄りかかって眠るセフィロス。うつむいた顔は、長い髪が掛かってよく見えない。

「セフィロス……! どうしたのだ……? なぜ、こんなところで……」

 肩を揺さぶって起こそうと、身を乗り出したとき、キツイ酒の香りが、ツンと鼻腔に滲み込んできた。

「う……ッ よ、酔っているのか……? セ、セフィロス? セフィロス、しっかり!」

 彼の肩を必死に揺さぶってみたが、酔っぱらい特有の高いびきが響くだけで、いっこうに目を覚ましてはくれなかった。

 どうしよう……まさか、急性アルコール中毒など……

 私自身、あまり酒をたしなむことがないので加減がわからないのだ。

 コスタ・デル・ソルで、ごくたまに「飲み過ぎた」と、頭を押さえている姿を見たことはあるが、このように泥酔したことはない。

 そう……セフィロスの様子は、まさしく『泥酔』という言葉がぴったりで、身体に刺激を与えても、ほとんど反応がないのだ。いつもは白磁のような色味の頬が、桃色に上気しており、呼吸を繰り返すたびにきつい酒の匂いがしていた。

「こ、困ったな…… 息も早いし…… まさか、重篤な状況なのでは…… ええと、ど、どうしよう……」

 辺りを見回しても、誰一人通る人はいない。

 あたりまえだ。残業を終えてここに戻った時刻は、すでに午前0時を回っているのだから。

「ツ、ツォン……は、まずいな。ま、まずは、身体を横にしてやらないと……!」

 意を決して私は彼の腕を引き上げた。そのまま肩を貸す形で部屋に入ろうとしたのだが、この作戦は失敗に終わった。

 セフィロスを背負いながら、キーカードを操作するのは負担が大きすぎたためだ。

 私は、まず、彼の身体を扉の前から横にずらすことにした。扉を開けた後には、楽に部屋に運び込めるように。

 ぐいぐいとセフィロスを引きずると、彼の手からぽろりと何かが床に落ちた。

 月明かりを、冷たくはじき返すそれは、磁気カードだ。そう、私も持っているルームキーカードだったのだ。

 もちろん、今落ちたのはセフィロスのものに違いない。私は自分のカードを使って部屋を開けたのだから。

「ほら、無くしてしまうと大変だぞ」

 と、返事がないのはわかっていながらも声を掛けた。

 くしゃくしゃになったシャツの胸ポケットに戻してやろうかと思ったが、むしろ心許ない。私は彼のカードをすぐわかる場所……デスクのとなりのチェストに置き、他になにも落とし物がないかを確認してから、ようやくセフィロスの運び込みに掛かったのだった。

 

 

 

 

 

 

「お……重い……!」

 いや、わかっていたことではあるのだが。

 セフィロスは細身であるのだが、ズバ抜けた長身を、しなやかな筋肉が覆っている。背丈ばかり高い私とは異なり、しっかりとした重量があるのだ。

「ん……うぅ〜」

 完全に脱力状態の彼を、背負うような体勢で(とは言っても実際に背負ったわけではない。肩を入れて持ち上げるような方法だ)、なんとかズルズルと室内に引きずっていった。

「はぁっ……はぁッ……!」

 やっとの思いで、彼の身体を部屋の中に運び込む。ただそれだけの動作なのに、鏡に映った私の顔は真っ赤に火照り、息が弾んでいた。

「あ、後はベッドへ…… 起こして薬を飲ませたいところだが……」

 乱れた呼吸を整え、もうひとがんばりという気持ちで、ふたたび彼の身体を引っ張り上げる。広すぎる居室内は、ベッドに辿り着くだけでも時間がかかるのだ。

「くっ…… よいしょ……ッ!!」

「……う……?」

 耳元で低い呻きが聞こえた。これだけ引きずられれば、さすがに目も覚めたのかもしれない。その苦しそうな声は、セフィロス以外の何者のものでもなかった。

「あ、セ、セフィロス……! き、気がついたか……!?」

 彼を背負ったままだから、下手なリアクションは取れない。私はそのままの姿勢で背後に声を掛けた。

「む……?」

「セ、セフィロス、セフィロス!」

「う〜……あぁ、ヴィン……セント……?」

 間延びした物言い。本格的に酔いが回っているらしい。

「あ、ああ。しっかりしてくれたまえ、今、ベッドに……」

「あ〜……オレの……部屋……」

「え、ええと、ここは私の部屋なのだ。君は酔っぱらっていて……」

 事情を説明しようと試みたのだが、酔っぱらってという言い方が心外だったらしい。

 セフィロスは大きく吐息すると、

「酔ってらい」

 と言い返してきた。

 いや、『酔ってらい』と言われても……

「自分れ、歩ける」

「い、いや、でも……」

 酔っぱらい扱いされたのが気食わなかったのか、私の肩に回した腕を戻し、なんとか自分の足で立った。

「ほら、らんともらい……」

 『なんともない』と言いたいのだろうか。ろれつが回らなくなってしまっているのに。

 おまけに足取りは、まさしくこれぞ『千鳥足』といった風だ。

「セフィロス……でも、危ないから、私の手につかまってくれたまえ」

 心許なげによろよろとよろける彼に、急いで腕を差し出した。

 セフィロスは、よけいなことだというように、かぶりを振る。しかし、いかに英雄とはいえ、酒に酔っているのだ。常とは身体能力が異なる。

 すると案の定、まっすぐに立っていられなくなった彼は、身体のバランスを崩した。

「あ……ッ! セ、セフィロス!」

 慌てて手を差し伸べる。

 するとセフィロスは、私の腕を引っかけたまま、目の前のベッドに墜落した。

 そう、まさしく『墜落』という表現がぴったりのありさまで。

「セ、セ、セフィロス……! セフィロスッ! 大丈夫か、怪我は……」

「う〜…… 眠い……」

 低いうなり声が、下敷きにされた私の肩越しに響いてくる。

「シャワー……浴びたい……」

 いやいや、到底それどころではないだろう。薬と……酔い覚ましのサプリメントだけでも飲ませられれば……

「すまない、セフィロス。少しずれてもらえまいか?」

「う〜……ぐ〜……ぐ〜……」

「ま、まだ、ね、眠ってはダメだ。今、薬を……」

「ん〜……」

 覆い被さってくる巨体を、必死の思いでずらし、なんとか大きな身体の下から這い出た。

 普段ならば、困惑してしまうシチュエーションだが、それどころじゃないこの状況が、私の行動を後押ししてくれた。

 それにしても、こんなふうに泥酔するとは……全くセフィロスらしくない。