〜 午 睡 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<51>
 
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

 

 彼にしてやれること……だと? なんて僭越なことを考えていたのだろう。

 欲しい物といったって、現役のソルジャークラス1stの報酬は法外だ。わざわざ私などにねだらなくとも、金で解決するものなら、彼はなんでも手に入れられるはずだ。

 私に出来ることといったら、食事を作ったり、家事をしたりといった、誰でもできるようなことしか見あたらない。

 よしんば、私の少ない特技の中のひとつ……料理にしたってジェネシスはいくらでも美味しい店を知っているのだ。つい先ほど私を連れて行ってくれたフレンチレストランのように。

「す、すまない。私としたことが……よく考えてみれば、私が君にしてあげられることなど、見つけることができそうにない。君は非の打ち所のない人だし……私に特技は少ないし……」

 頭に血が上った勢いで、ジェスチャー付きで一挙に弁明した。

 

「ふふ、そんなことはないと思うが…… さて女神、そろそろ社へ戻ろう。夜風が冷えてきたし、こんなときに体調を崩しては難儀だ」

 ジェネシスは穏やかに私を促した。公園で話している間に、大分時間が経っていたようだ。満腹だった腹も、落ち着いてきている。

「そう……だな。すまなかった」

「なにを謝っているんだか」

 そう言って彼は喉の奥で低く笑った。

 公園から本社まではすぐだ。だが、我々の私室がある棟にはぐるりと回って裏門から入った方が近い。

 ゆっくりと五分程度歩き、私たちはすでに寝静まった神羅本社へと戻った。

 

 

 

 

 

 

「……ヴィンセント」

 公園から本社への道のり、ずっと黙っていたジェネシスが、私の名を呼んだ。

「ん……? なんだろうか?」

「さっき、君の言っていたこと…… 俺のために何かしてくれるっていう話」

「あ、ああ、す、すまない。偉そうなことを……」 

 蒸し返されるのが恥ずかしくて、私は彼から目線を逸らせた。

「ひとつだけ……お願いがあるんだが。ああ、もちろん、君がかまわなければ、なんだけど」

「ほ、本当に!? な、なんだろうか!」

 私は勢い込んで彼に聞き返した。何も出来ることなど無いとがっかりしていたところだったから、ジェネシスにそう言われてひどく嬉しかったのだ。

「あ、あ、その…… いや、いざ口にするとなると……」

「なにを遠慮することなどあるものか! 私の方から言い出したのだから」

 ジェネシスはめったに口ごもったりしない。その彼が躊躇している様子を見て、私はさらに強く促した。

「私にできることならばなんでもするから……!」

「あ、ありがとう。……では、お願いするよ。少し……勇気を出して、ね」

 ふぅと息を吐き出す。私への願い事を口にするのに勇気が必要というのが解せない。

「……? 何なのだ。ジェネシス?」

「女神。……今夜一晩、君の時間を俺にくれないだろうか?」

「は……」

 間抜けた声が私の唇から漏れた。

 それをどう勘違いしたのだろう。ジェネシスが少し慌てたように言葉を継ぎ足した。

「あ、いや、失敬。おかしな意味に取れてしまうね。ええと……それはその…… 俺は君のことを好きだと公言しているのだから、勘違いされても致し方がないが……」

「あ、い、いや……」

「君の側に居られる時間は、もしかしたらもうあまり残されていないのかも知れない」

 静かな口調で彼はつぶやいた。まるで独り言のように。

「ジェ、ジェネシス……そんな……」

「すまない、縁起でもない言い方をして。だが、君も言っていたように、危険なミッションになるのは間違いない。君のことは俺が何を置いても守るつもりだ、だが…… 君も軍人ならわかるだろう。現地で何が起こるかは、本当に未知数なんだ」

 数多の戦歴をもつジェネシス。これまでどれほどの死地を乗り越えてきたのだろう。

 ソルジャークラス1stの双璧と呼ばれた彼の言葉だからこそ、それはひどく重く……そして真実なのだと感じた。

「……そうだな。君のいうとおりだ」

「だから……今、少しでも長く君の側に居たいんだ。一晩だけでいい、君の存在を側近くに感じて……眠りに着きたいんだ」

 彼の物言いがあまりにも深刻で…… 私は思わず白く整った顔を見つめ返していた。

「ジェネシス……」

「すまない。変に取るなと言う方が無理だろうけど……」

「あ……いや、わ、わかった。た、ただ急な話だから、部屋が片付いていないかもしれないのだが……」

「いやだな、女神。そんなことはまったく気にならないよ。……ふふ、正直、セフィロスが二日酔いで君の介抱を受けたと聞いたとき、ひどくヤキモチを焼いたんだ」

「……馬鹿なことを……まったく君たちの年代は……」

「年齢は関係ないよ。もし、俺が60過ぎのロマンスグレーになっても、君が誰かと一晩過ごしたと聞いたら、身も世もなく嫉妬に悶えるさ」

 緊張を解いた彼は、ようやく軽口をきいた。

 

 エレベーターを使い、ずっと上層階に上り詰める。

 私の部屋のあるフロアで、ふたりでエレベーターを降りた。

 ジェネシスはまるで初めて外に遊びに行く子供のように、私の部屋をのぞき込んだ。