〜 午 睡 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<71>
  
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

「女神、ケダモノ相手はもういいだろう。早くこちらへ戻っておいで。君の分のお茶が冷めてしまうよ」

 ジェネシスがめずらしくも不平そうな声音でそう言った。

「あ、ああ、そうだな。……まったく、彼はどうしてノースリーブを好むのだろう。動きやすいのだろうし、似合っているとは思うが、今の時期ではまだ冷え込む夜だとてあるのに」

 コスタ・デル・ソルのセフィロスを思い起こしつつ、私はため息を吐いた。

 南の楽園と呼ばれるコスタ・デル・ソルだが、海風の入るイーストエリアは、日中と夜間の、寒暖の差が激しい場所だ。それにも関わらずセフィロスやクラウドは袖無しばかりを着用している。見ているこちらのほうが寒くなってしまうようだった。

「セフィロスは基本的に気温には鈍感みたいだよ。真冬にシャツ一枚で現れて、いきなり『寒い』なんて文句を言い出す人だから」

「ああ、なるほど……」

 頷き掛けたところで、ソファの上の住人が、ふたたび

「う〜……」

 と呻いた。

「セフィロス……? その……もし起きられそうなら、ちゃんと着替えた方が……」

 今がチャンスとばかりに、声を掛けたのだが……

「う〜…… クラ…ウド…… クラウド……」

 彼は形のよい眉を寄せて、苦しそうに言葉を紡いだ。

「セ、セフィロス……」

 きっと心労のあまり、あの子の夢をみているのだろう。悪夢に苛まれるセフィロスは、なんだかひどく人間的で…… 思わずもらい泣きをしていまいそうなほど、哀れであった。

「クラウド……クラウド……」

「セフィロス、目を覚ましたまえ」

 そっと彼の腕に触れるが、まったく気づいてくれる様子はない。

「クラウド…… あぶ……ない……」

「セフィロス、セフィロス……! しっかり……!」

「うぅ〜……」

「セフィロス……!」

 やはり疲れているのだろう。側近くで声を掛けても、彼はなかなか目覚めはしなかった。

「んぅ〜……クラウド……」

「セフィロス……!」

 身じろぎした彼の肩を、私は両手で必死に揺さぶった。自分では力を入れたつもりだったが、セフィロスの巨躯は、まともに揺れさえもしなかったのだが……

「セフィロス…… しっかり……」

「……ハッ! クラウド! クラウド……ッ!」

 彼はいきなりカッと双眸を見開くと、私の背を抱き込んだまま、位置を変えて覆い被さってきた。

 思わず、口から、

「ひぃッ!」

 という情けない悲鳴が飛び出す。余りに唐突に引き込まれ、心底吃驚してしまったのだ。

「……クラウド……じゃねぇ。……なんだ、アンタか」

「あ……セ、セフィロス……」 

 なぜか、私の身体を抱きしめたまま、彼は低くつぶやいた。

「あ、あの……すまない。君がひどく苦しげに魘されていたから……」

「…………」

「起こしてやったほうがいいかと思って……」

「……道理でゴツゴツしてやがる。クラウドはもっとフワフワだもんな……」

 ただの独り言だが、正直私は傷ついた。

 ……確かにあの子に比べれば、私はゴツゴツのガリガリのゴリゴリだろう……

 

 

 

 

 

 

「……セフィロス、君を気遣う女神に対して、ずいぶんな発言だね」

 妙に剣呑な声音で、ジェネシスが抗議を申し立てた。きっと察しのいい彼のことだ。言葉にせずとも、私が微妙にショックを受けた気配を感じ取ったのだろう。

 ……むしろ、たった一夜とはいえ、共に過ごした彼に察しを付けられてしまう方が、余計に傷ついてしまうわけだが。

「あー、別にホントのことだろ…… う〜、なんか頭がガンガンする……」

「セフィロス、後は私が引き継ぐから、君はちゃんと部屋で寝なさい」

 鬱陶しげに長い髪を掻き上げる彼に、私はそう言い聞かせた。

「でもよ……」

「いいから、ちゃんと寝室に行きたまえ」

「ん〜……喉渇いた」

「では、お茶を持って行ってあげるから。君の場合は、肉体的なものより、精神的なダメージが大きいのだろう。クラウドのことがあるからな」

 私はそう言って彼を気遣った。本当のことだと思ったから。

 だが、セフィロスとしては私がそう気遣ってやったことで、多少の罪悪感が芽生えたらしい。上司である私が起きていたこと、そしておそらくさっきの発言のことも。

「いや……いい、自分で水汲んで飲む……」

「お茶の方が気持ちが落ち着くし、身体が暖まるだろう?」

「……さっき、起こしてくれたんだっけな。サンキュ」

 今度は飲み物とはまったく関係のないことを話題にもってくる。

「え……あ、ああ、よけいなことかとも思ったのだが」

「別に……ああ、その……アンタは痩せててもいいと思う。いいにおいがするし」

 いいにおいとは…… 別に香水をつけたりはしていないのだが、まさか菓子の匂いだとでも言うのだろうか。

「アンタのにおいはホッとする。ゴツゴツしててもいいんじゃねェの?」

「ええと……その、ありがとう」

「礼をいうとこじゃねーだろ」

 今度はふて腐れたように応える彼。厄介な大きな子供を立たせ、私は自分の寝室に連れて行った。

 ……ああ、もちろん、昨夜の寝具はすべて取り替えてある。

 グズグズとなにやらくずっているセフィロスを宥め、茶を淹れてやってから、私はようやくジェネシスのとなりに戻ったのであった。