ハローベイビー
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家&おまけの『うらしま』〜
<1>
 
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

 

  

「おはよう、クラウド……今日も暑いな……きちんと眠れたか?」

……ヴィンセントが、ようやく以前と変わりなく、親しげに語りかけてくれたのは、それから三日ばかりが過ぎてからのことだった。

「う、うん。大丈夫。顔洗ってくる」

「すぐに朝食だから……着替えてきなさい」

「わかった」

 ほぅっと軽く吐息した。

 今日も朝から真っ青な青空に入道雲がわいている。

 ここは常夏の島、コスタ・デル・ソル。ホロウバスティオンの冷えて乾いた気候とは異なり、まったりと暑苦しい熱気に包まれているのだ。

 

 ……そう、あの日からすでに三日が経っていた。

 もうひとつの世界の『セフィロス』が、この土地にやってきて……いや、正確に言えば、この土地に無理やり連れてこられ、かつ帰る術を失わされてから、だ。

 

 ……俺のせいで。

 わずかだけ時間が流れ、あの時のことを繰り返し思い起こす。

 だが、自分のしたこととはいえ、ああいった形で無理やりこちらの世界へ引っ張り戻すつもりなど、毛ほども考えていなかったのだ。しつこいようだが本当に本当なのだ。

 

 ……あの時の自分には悪霊がついていたのではないか…… 

 俺はそんなことすら考えていた。

 

 ああ、いや、それで、ヴィンセントのことだ。

 案の定というか、心優しいヴィンセントは、『セフィロス』が不本意な形でこの世界に置き去りにされたこと、そして姿をくらませてしまったことに、ひどい心痛を覚えたようだった。

 あの日から、寝ても覚めても、『セフィロス』、『セフィロス』で、ようやく戻ってきた俺に、キスひとつしてくれない。

 もちろん、ああいう人だから、冷たい態度や責めるような真似はしなかったが、とにかく心ここにあらずという様子で、ここ数日を過ごしていた。

 

 俺だって、『セフィロス』のことは、責任も感じているし、世間慣れしていないあの人を心配してもいるが、あの時、何度もこの家に来るように話をしたし、手を引っ張って連れ戻ろうとさえしたのだ。

 だが、それを力づくで拒否したのは、『セフィロス』本人だった。掴んだ腕を力任せに振り払われた。

 いつも人をくったようにクールで、ほとんど感情を表に出さない『セフィロス』が「怯えていた」。そこが少しだけ気になる。

 もっとも見知らぬ世界に置いてけぼりにされて、怯えないヤツのほうがおかしいのかもしれないが……だがその動揺した姿は、あきらかに彼には『似合わなかった』のだ。

 

 

 

 

「……クラウド、すまなかったな」

 聞き慣れた静かな声で、そう言ってくれたのは、その日曜日の昼下がりのことであった。薄手のオーガンジーカーテンから透ける木漏れ日は、まだまばゆいばかりで、ヴィンセントの繊細に整った顔を白く浮き上がらせた。

「おまえの話も……ゆっくりと聞かずに……」

「……ヴィンセント……」

「つい……『セフィロス』のことが気になってしまって、無事に帰ってきてくれたおまえに『おかえり』と言ってやる余裕さえなくなっていた」

 ヴィンセントは謝罪するときも真っ直ぐだ。言葉をごまかしたり、取り繕ったりすることはない。

「……う、ううん。そんなこと、ないよ。……悪いの、俺だもん」

 傍らのソファで、セフィがヴィンと戯れつつ、ごろ寝しているのが気になったが、俺も正直にそう告げた。ヤズーは気を利かせてキッチンに茶を淹れに引っ込んでいる。

「……よかった、おまえが無事で」

「うん……」

「……心配した。仕事が大変なのはわかるが……もう、慌てて事故を起こしたりしないで欲しい」

「え、で、でも事故って……ちょっと転んだだけだよ? 擦り傷こさえたくらいで……」

「……万一のことがあったらと思うと……不安で胸が苦しくなる」

「ヴィンセント……」

 となりに座る彼が俺を見つめ、小さな声でそう告げた。決して激する彼ではないが、だからこそ、その言葉の重みが、ズシリと音を立て、胸と涙腺に響いたのであった。

「……ごっ……ごめん、ホント、ごめん…… 俺、いっつも自分のことばっかで……」

「…………」

「アンタが心配してくれてるの、ちゃんとわかってるくせに……勝手なことばっかして……」

 あれから三日も経つのに、ぐすっと鼻が鳴る。

 寝転んだセフィロスが、小さく笑ったような気がしたが、今は抗議する気になれなかった。

「……ん……私はいつでもおまえの身を案じている……どうかそれだけは忘れないでくれ」

「うん、わかった。わかったよ……ヴィンセント」

 俺はゴシゴシと熱くなってきた目元を擦りあげ、そう答えた。