ハローベイビー
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家&おまけの『うらしま』〜
<26>
 
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

 

 

 ヴィンセントが、赤子を抱え、床を這うようにして窓際へ近づく。

 応戦中に注意を傾けるのは難しかったが、どうやら『セフィロス』が協力してくれているらしい。彼自身も長刀を抜き、ヴィンセントと赤子を庇うように前に立ちふさがった。

「ふぇぇ〜ん、うえぇぇ〜ん」

 可哀想に赤ん坊が泣き出してしまう。

 無理もない。雨霰とふる銃弾……爆音も途切れることがないのだ。

「よしよし、大丈夫だ……すぐに安全な場所へ移してやるから……」

 ヴィンセントが赤ん坊を宥める。

「うぇぇ〜ん! ふぇっふぇっ!」

「ヴィンセント・ヴァレンタイン。窓を開ける。……ゆっくりと移動しろ」

 彼らのやりとりを横目に、とにかく俺は必死に戦った。

 一兵たりとも、奥の部屋に侵入させないように。

 

 再び剣を構えた次の瞬間であった。

 連中がこちらに向かって何かを投げつけた。ごく小さな手の平サイズの固形物だ。

 

 爆弾……!?

 いや、まさか……!? 子どもを死なせては意味がないはずだ。

 

 とっさにそう考えた。

 と同時に、ソファの裏に身を潜めた。

 

 バンッ! シューッ! シューッ!

 

「クラウド、催涙弾だ!」

 叫んだのはセフィロスだったと思う。そのときにはすでに白煙がもうもうと立ち上り、わずか数センチのところも見えなくなっていた。

「ゲホッゲホッ! ゴホッ! ヴィ……ヴィンセント! セフィ!」

 必死に名を呼ぶがいらえはない。

 

 ズダダダダダダダ!

 その状況の中で、マシンガンをぶっ放すDG。

 うかつに頭を上げることさえ出来ない。それでも剣を支えに何とか立ち上がり、あたりの気配を伺う。

 

 だが、二度目の銃声は俺の背後……つまり奥の寝室で弾けたのであった。

 しまった……ッ!!寝室に入り込まれたのだ!赤ん坊の居る寝室の中に……!!

 カァッ!頭が沸騰するように熱くなり、嫌な汗が背中を伝った。

「ヴィンセントッ! ヴィンセントーッ!」

「ふえぇぇん! ビィィィ!」

 赤ん坊の泣き声が俺の不安を掻き立てる。

 ガシャ!ガシャ!

 という硬質な音が聞こえ、ふたたび白煙が空に舞い上がった。それは窓を開けたからだとすぐにわかった。

 バラバラというヘリの音が近くに聞こえる。

「レノ!レノだな……!? 赤ん坊を……!」

 というヴィンセントの切羽詰まった声。と同時にガゥンガゥンと銃の音がするのは、きっと子どもを守りながら応戦しているのだろう。急いで側に行こうと思うのだが、本当に視界が定まらないのだ。しかも容赦ないマシンガンの乱れ撃ち……

 絶対絶命というのは、きっとこんな時に使う言葉なのだろうと、くだらないことを頭の端っこで考える。

「ふぇぇぇん! びぇぇぇ〜ッ!」

「ヴィンセントさんッ! もうちょい窓際寄って! おい、ルード、モバリング押さえろよ!手ェのばせねぇぞ、と!」

 

 ズダダダダダダッ! ダダダダダダダァン!!

 

 部屋の奥からふたたび銃声が聞こえる。

 そして何か大きなものを蹴倒す音……

 ビチッビチッ!!という肉の避けるような嫌な音に、最悪の情景が脳裏をよぎる。

「あああッッ!」

 というヴィンセントの叫び声。冷たい脂汗が、首筋を伝わった。

「ヴィンセントッ! ヴィンセントッ!」

「びぇぇぇぇん! ふぇぇぇん!」

「ヴィンセントッ! ヴィンセントッ!? どうしたのッ! どこ……ッ!? ヴィンセント、しっかりしてッ!」

 俺はキチガイのように彼の名を呼んだ。

「あ……あ…… はぁっはぁっ……」

「……ぐずぐずするな、ヴィンセント・ヴァレンタイン。はやく子どもを……」

 聞き取りにくい低い声は、『セフィロス』だろう。

 その後、ガチャガチャと家具を寄せる音、窓をこじ開けるような不穏な物音が続き、子どもの泣き声は聞こえなくなった。

「すまん!ヴィンセントさんッ! 確かに……! 間違いなく社長に届けるからな!」

「早く行け! とにかくこの子を無事に……!」

「わかった……わかったぞ、と!!」

 バン……ガシャン!

 と扉の閉まる音……おそらくはレノのヘリの。

 バラバラバラとモバリングが遠ざかり、俺は白煙の中で無事に子どもが手渡されたのだと知った。

「ゴホッゴホッ! う〜、目、痛い! ヴィンセント、大丈夫ッ! 赤ちゃんッ!?」

「間違いなく、レノに任せた……! ゲホッゲホッ!」

 彼が答える。

「……重ね重ね面倒をかけてくれるな、クラウド。もう懸念はないだろう。さっさと終えるぞ」

「セ、セフィ……ごめん、手伝ってくれんの?」

 背後からの声にそう応じる。とにかくまともに視界が開けない。声のした方向で彼らの居所を察知するしかなかった。

「……私ももはやここにいるつもりはないからな…… ほら……おまえはそこに入っていろ……出てくるなよ」

「おまえは何だって〜? 何言って……」

「……騒々しくがなり立てるな。子猫を奥に押し込めただけだ」

 こんなときなのに、笑ってしまいそうになった。

 霧のようにモクモクと立ちこめる白煙の中で、チビ猫の心配をしてくれる『セフィロス』。なんというか本当に不思議な人だ。もうひとりの『クラウド』やレオン相手には、ひどく素っ気ない態度を取るくせに。なぜか動物相手に気遣いを見せる……

 

 赤ん坊さえ、この場にいなければいくらでも戦いようがあった。

 しかもこちらはヴィンセントと『セフィロス』が味方なのだ。

 

 ……数が多くて手間取りはしたが、俺たちが招かざる闖入者どもを一掃したのはそれから数刻の後のことであった……