『KHセフィロス』様の生涯で最も不思議な日々
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<2>
 
 セフィロス
 

  

 

「……その、さ。『セフィロス』、ソファに下ろしたら? いつまでも抱いているとさすがに重いでしょ。それに彼だって苦しいだろうし」

 ソファに腰を下ろしながらも、後生大事に『セフィロス』を抱きかかえたままのレオンに、ヤズーが呆れたように口を挟んだ。

「あ、い、いや、そうだな。……そうだが、大丈夫だろうか?」

 終わりの言葉は『セフィロス』に向けて言う。

「……私はもともと何ともない。さっさと放せ」

 素っ気なく言い放つと、『セフィロス』はレオンの胸元に腕を突っ張り、毛布ごとそこから滑り降りた。楽な姿勢でソファに腰掛ける。

 ……なぜか大判の毛布を肩から掛けたままだ。

「どうしたの、『セフィロス』、風邪?」

「だったら、ヴィンセントに卵酒作ってもらうといいよ!」

 末のガキとロッズが口々にそう言う。

 だが、『セフィロス』は緩慢に頭を振った。

「いや……そうではない。レオン、毛布が鬱陶しい。もう取るぞ」

「ダ、ダメだ!それを取ってしまったら……!」

 慌てて押さえようと手を伸ばしたレオンだったが、『セフィロス』のほうが早かった。床にバサッと毛布が落ちる。

 薄く丈の長い貫筒衣を好んで身につけている彼だが、今日は不自然に胸元が盛り上がってる。袖口からのぞく手首も細く、襟足から延びた首がしなやかに見える。

 

「おい……なんだ、おまえ……」

 オレは何とも言えない違和感に、つぶやきをもらした。

「この突出した胸を見ればわかるだろう。……原因はわからぬが、身体が女のようになっている。難儀なことだ」

 ヤツはのんびりと人ごとのようにそう言った。レオンが両手で顔を覆う。

「今朝……アンセムの城を訪ねたら、こんな有様になっていた…… 本人にもまったく憶えはないらしい」

「ああ、それで毛布で隠してきたわけね〜。こりゃあスゴイ」

 とクラウドが頷いた。

 

 

 

 

 

 

「うわ〜、胸、ぼよんぼよん」

「ホントだ!ねぇ、触ってもいい?」

「あ、俺も俺も」

 クラウドとお子様組が、無遠慮に手を伸ばす。

 『セフィロス』自身はどうでもよさそうに胸元をくつろげたが、風を起こす勢いで、レオンが止めに入った。

「こらっ!汚い手で触るなッ!」

 しっしっとガキどもを遠ざける。

「気安く胸などに触れるな!い、今、彼の身体は女性化しているんだぞ、無礼だろう!」

 そう言いながら、クラウドたちの手をはたき落とした。

「いいじゃんか、ちょっとくらい。女の人の胸触る機会なんか全然ないんだぞ」

「アホか、クラウド。偉そうに自慢することじゃないだろーが。それにつけても、よくよく貴様は面倒に巻き込まれる男のようだな」

 そう言って『セフィロス』を見ると、つんと顔を背け、

「私のせいではない。今朝、目覚めていたらこうなっていた」

「け、今朝…… そうか……それは大変だったな。どうすればいいのか……」

 ヴィンセントが思案顔で床に落ちた毛布を拾い上げた。丁寧にたたむとふたたび口を開く。

「レオンが医者に診せてくれと言っていたが……山田医師のことだろうか」

「あ、ああ、以前彼が肩を負傷したとき、診てもらったそうだが…… 今回のこともやはり医者に連れていったほうがいいと思って……」

 たどたどしくレオンが言う。

「放っておけばそのうち治るだろ」

 というオレの建設的な意見は却下された。

「でもさぁ、医者に診せたからってどうなるものでもないんじゃない? ウチのセフィロスが女体化したときは、生理が来て治ったよ」

 無遠慮なその言葉に

「ぶーっ!」

 と、思わず茶を噴き出す。

 おぞましい数日間が頭をよぎる。あのときは人生最悪の時間だったと言っても過言ではない。

 イロケムシのヤツめ!せっかく忘れかけたというのによけいなことを!

 ガキどもには一切知らせていなかったのに、カダージュたちが即座に反応した。

「な、なんだと? アンタも女性の肉体になったことがあったのか! ど、どういういきさつでだ!」

 急き込んで訊ねてくるレオンを押し戻し、興味津々という顔つきになった年少組に舌打ちする。

「……そんな忌まわしい記憶はとうの昔に忘れた」

 と吐き捨てた。

 だが、向こうの世界の『セフィロス』までもが、意外そうな眼差しでオレを見つめる。

「いやいやいや!大事なところだ。思い出してくれ!この珍現象はアンタたち『セフィロス』にだけ起こるものなのか? どれくらいの間、女性の身体だったんだ? 具体的な不都合はどんなことがあった」

 矢のように訊ねてくるレオンだが、正直あの恐ろしい現象の原因はわかっていない。オレも、ある日突然、女の身体になったのだ。何の前触れもなく。

「おい、セフィロス、聞いているのか!?」

「うるせぇ。忘れたと言っただろ!原因なんぞ、オレにだってわかるか!」

 そう叫んだオレを、クラウドがまぁまぁとなだめる。

「まぁ、ちょっと待ってよ。レオンはとにかく落ち着けって。『セフィロス』は大人しくしてるだろ。この家に危害を加える人間なんているわけないんだし、少し穏やかに話しをしようぜ」

 アホチョコボにこんなふうに言われるのは、ほとほと情けないが、オレとレオンはようやくソファに腰を下ろしたのであった。