『KHセフィロス』様の生涯で最も不思議な日々
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<5>
 
 セフィロス
 

  

 

「それで本題だ。こいつを元の身体に戻す方法はないのか。なんつーか、医学的に?」

 よくわからないまま、オレは山田医師に訊ねる。

「なーにが『医学的に』じゃ、コレ。ちみに似合わんセリフじゃね、ソレ」

「ぶっ飛ばすぞ、このヤブ医者!人が下手に出て訊いてやりゃあ!」

「セ、セフィロス……やめたまえ」

 ヴィンセントがオレの服を引っ張る。

「そうよ、大声出さないで。お茶がこぼれるじゃない。……ねぇ、山田センセ。こっちの『セフィロス』なんだけど、知っての通り、もともとは男の人なわけ」

「ふむふむ、知っとるよ。前に一度診たからねぇ」

「でしょ。それで、何とかして元に戻したいと考えているんだけど、方法はないかな」

 ヤズーが医師の茶器におかわりを注いで、そう訊ねる。

「そうは言われてもねぇ。わしもこんな症例を見るのは初めてじゃからしてね、コレ。男がある日いきなり女性になってしまうとはねぇ」

「やっぱり、先生でも無理か〜。そりゃそうだよね〜」

 クラウドが遠慮無く、バクバクと茶菓子を頬張りながら、ため息を吐いた。

「まぁ、時間が経てば、何らかの変化が見られるんじゃないかね、コレ。それまでは十分注意して身を慎むんじゃね、ソレ。取り返しがつかないような事故に合わんようにね。バカンスの時期は要注意じゃよ、アレ」

 独特の口癖を交えながら、医者は茶を啜る。

「と、取り返しのつかないような事故とは……先生?」

 おそるおそるという様子で聞き返したのは、レオンだった。すでにそんな事故が起こってしまったかのように。

 この男の取り越し苦労は際限がない。

「決まっておるじゃろ。バカンスの時期はよくない連中もコスタ・デル・ソルに遊びにくるからの、コレ。万一乱暴なんぞされるようなことがあっては……」

「ら、乱暴だと……!」

「気色ばむなレオン。この私が暴漢ごときに遅れを取ると……?」

 人ごとのように話を聞いていた『セフィロス』が、面倒くさそうに口を挟んだ。

「い、いや、そういうわけでは……」

「問題ない。私に手出しをできる輩などいない」

 なぜか得意げにそう言った『セフィロス』に、クラウドがダメ出しした。

「ダメダメダメ、全然わかってないよ、『セフィ』!あ、『セフィロス』のほうね!女の人の身体って、ホント、か弱いんだから!オレと腕相撲したって勝てないよ!」

「………………」

 仏頂面で、クラウドを『セフィロス』が見つめる。

「そんな顔してもダメだって。あ、そうだ!のこのこノースエリアとかに遊びに行くのも無しだからね。あそこ、繁華街があるからさ。それにジェネシスもいるし、とにかくノースは危ないから!」

 そんなクラウドの言葉を、ふむふむと頷きながら聞くと、楽しげにつぶやく。

「ジェネシス……そうか、滞在中の暇つぶしにはなるな……」

「てめぇは孕まされたいのかーッ! このバカ野郎がーッ!」

 

 

 

 

 

 

 オレの怒声がビリビリと窓枠を揺らすのに、『セフィロス』は顔色一つ変えない。山田医師はというと、手布を出して、口のまわりについた茶を拭った。

「……まったく、騒々しいねぇ、それになんてことを言うんだね、ちみは、コレ」

「この男がコトの重大さを理解していないせいだ。ぜぃぜぃ。クソ、息が切れた」

「まったく、セフィロスってば、言葉が悪いんだよ、もっと選んでよ。(レオンがいるのに)」

 終いの言葉は小声で言って、イロケムシがオレをソファに無理やり引っ張った。そのまま、崩れ落ちるように椅子に座った。                                       

 ……疲れる。

 同じ顔だというのに、この男と意志を通じさせるのは本当に疲れるのだ。

 

「とにかく、ノースエリアは危ないトコだらけだからね、ひとりで行っちゃダメだよ? ジェネシスなんか、側にいるだけでニンシンさせられそーなヤツなんだから」

「ク、クラウド……」

「ヴィンセントも気を付けてよね」

 指を立てて注意を促すクラウドの話を、ヤツは一応頷いて黙って聞いている。

「……だがつまらん。元の身体に戻るまで、ずっとこの家で蹲っていろというのか」

 そんな文句まで言う。

「ううん、行きたいところがあれば、俺たちが付き合うし、ずっと家にこもっていろというわけじゃなくてね」

「そうだ……セントラルならば、君も楽しめる場所があるだろう。私も一緒に行くから……」

 ヤズーとヴィンセントがふたりでなだめに掛かるが、どこか『セフィロス』は不満そうだ。行動を規制されるのが不愉快と思える。やはりこいつは事態が理解できていない。

 だいたい、気持ちが悪くないのだろうか。

 自身の肉体が、恐ろしい姿に変貌を遂げているのだ。それだけで気分が悪くて、出歩こうなどという気には到底なれないと思うのだが、そっくりなのはツラだけで、中身はオレと大違いなのだろう。

 ……深く考えたくない。

 

「まぁ、ちみもね、女の人の身体だということをくれぐれも忘れんようにね。さっきのセピロスくんの言葉じゃないけど、まかりまちがって、妊娠なんぞしたら、それこそ医者としてどうなるかわからんしねぇ、コレ」

「ニンシン……?」

「ニンジンじゃないよ、ニンシンだよ、『セフィロス』」

「ちょっと、兄さん。いちいち言い直さなくていいんだってば。……大丈夫、大丈夫だよ、レオン。この家の近くにいれば安全なんだから。君ひとりで彼を守っているわけじゃないんだからね」

 すでに脳のキャパシティを超えているのだろう。

 青い顔をして額を押さえたレオンを、ヤズーが介抱する。