『KHセフィロス』様の生涯で最も不思議な日々
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<6>
 
 セフィロス
 

  

 

 山田医師が帰った後、奇妙な沈黙が皆を包んだ。

 結局のところ、いやまぁ、予想どおりというべきか、医者でもこの状況には処置無しというわけで、『家で大人しくしていろ』という処方がせいぜいであったのだ。

 

「もう、昼だな。腹が減った」

 『セフィロス』がのんきにそう言った。

「そ、そうか。食欲があるのはいいことだな。今すぐ何か作ろう」

 ヴィンセントが立ち上がる。ヤズーは山田医師を送りに行って不在だ。

「おまえ、気色が悪いとか、落ち着かないとか、そういう気分にはならんのか。今、貴様の身体は女になっているんだぞ?」

 無駄かと思ったが、ソファの上の男にそう訊ねる。

「……別に。少々胸回りに違和感があるが。ヤズーの服がちょうどいい」

 今日の『セフィロス』はいつもの貫筒衣ではなく、ヤズーから借りた服を着ているのだ。胸元が開いている服ではないが、そこがこんもりと膨らんでいるのが恐ろしい。

 オレのときはさらしを巻いて隠していたが、この男はそんな窮屈なことをするつもりはないのだ。

 

「はぁ〜、ただいま。ああ、もうお昼の支度だね」

 医師を送ってきたヤズーが戻ってきた。

「イーストエリアはそうでもないけど、そろそろバカンスの時期だもんね。ノースへの船の便数も増えているみたいだし、確かに繁華街に近づくのは考えものかも」

「イーストエリアというのは田舎なのか」

「やだなぁ、レオン、田舎とか言わないでよ。ここはリッチな別荘地なの」

 クラウドが言う。

「ふふ、コスタ・デル・ソルはノースエリアが一番栄えていて、イーストエリアは別荘地だから、シーズン以外は静かだな。むしろ私はそこが気に入っているが」

 テーブルにスープ皿を並べながら、ヴィンセントが言う。

「でしょー!? だから『セフィロス』もイーストエリアを楽しんで。この辺りなら、危ない連中もいないしね」

「ふむ……」

 どこか納得いかない表情で、ヤツは頷いた。

「さぁ、簡単なものだが、食事にしよう、テーブルについてくれたまえ」

 ヴィンセントに促されて、ぞろぞろと男連中が椅子に掛ける。

 

 

 

 

 

 

「山田先生も食事にお誘いすればよかったかな……」

「そうだね、ヴィンセント。また今度、声をお掛けしよう」

「……もう少し医師に聞いてみたかった」

 そうつぶやいたのは、『セフィロス』だった。

「な、何をだ。心配なことでもあるのか?」

 あたりまえのように、『セフィロス』のとなりに座ったレオンが訊ねる。

「……ニンシン」

「え?」

 と、全員の声が揃う。

「ニンシン。……どんなふうになるのだろうか」

「え……いや……」

 とつぶやいたのは誰だったのだろうか。ほとんどの連中は絶句している。年少組がいなくて良かった。

「てめぇは何を考えているんだ、気色の悪い!」

 怒鳴ったオレに、『セフィロス』が平然と言葉を返す。

「おまえだとて、このような現象に見舞われたことがあったのだろう?そのとき想像もしなかったのか?」

「何を!?」

「……面白いではないか。この腹から人間が……いや、私の場合、人間なのかはわからないが……少なくとも生物が産まれるのだぞ。実に興味深いではないか」

 オレを含めて、ふたたび一同が沈黙する。

 その一呼吸後、脳天気に口を開いたのはクラウドだった。

 

「あー、いやー、でも、考えてみると可愛いかも。お腹の膨らんだ『セフィ』とか。あっはっはっ」

「バカ野郎、想像するな!」

 ボカッ

 と後頭部を殴る。

「だいたい論点はそんな表面的なもんじゃないだろ! あー、気色悪い、気持ちが悪い!」

「……だが、半分は私の血が流れているのだ。そう考えると不憫でもあるな」

 真剣な表情で、そんなことをいう。

「やだやだ、待ってぇ。いや、俺としては、『セフィロス』の気持ちもわかるけどね。ニンシン……カタカナで言うべきじゃないね。妊娠とか出産とかって、男からしたら神秘だもんね。彼が興味を持つのも理解できるよ」

「てめぇまで何言い出すんだ!」

「ま、まぁまぁ、セフィロス」

 椅子から立ち上がる勢いの、オレの服をヴィンセントが引っ張った。

「とにかく貴様、つまらん妄想をするなよ。オレの耳にも入れるな。いいな!」

 厳しくそう言い放つと、椅子に座り直しスープに取り組んだ。

 美味いはずのヴィンセントのミネストローネが、今日は苦く感じるのであった。