『KHセフィロス』様の生涯で最も不思議な日々
~コスタ・デル・ソル in ストライフ一家~
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 KHセフィロス
 

  

 

 

 翌日の夕方……

 私はクラウドたちの家を後にした。

 

 ちょうど昼過ぎに激しいスコールが降って、その後は比較的過ごしやすい気候になっていたからだ。

 コスタ・デル・ソルには何度か来たことがあるとはいえ、そのほとんどをノースエリアで過ごしている。ここイーストエリアの市場などをゆっくりと覗いたことなど、ほとんどなかったのである。

 ものめずらしさも手伝って、私の足は速まっていた。

 セントラルまでは一本道だと聞いている。なるほど海沿いの道が一本、南に向って延びていた。嫌でもそこを辿れば、エリアの中央部に出るのだろう。

 

 皆に心配をかけないようにと、レオンの携帯にメールを残してきた。

 セントラルの市場とやらで、何かみやげでも買っていってやれば、皆喜ぶだろう。なんせ、あの家には今は八人もの男がひしめいているのだ。

 食べ物ならば、いくらあってもいいとそう考えて。

 

 ヤズーに借りたワードローブは、ごくシンプルな麻のシャツとコットンパンツだ。ホロウバスティオンでよく身につけている長衣ではないので、足裁きが楽だ。

 もっとも女性の肉体と化した今は、ヤズーの私服でさえも、腰回りには大分余裕があるし、シャツも肩が余っている状態だった。

 落ちてこないように、ベルトの穴をひとつきつく閉め、どんどん道を歩く。今は人通りが少ないようだが、これがバカンスの時期になると、非常に混み合うと言う。

 そして山田医師の言葉を借りるなら、『良くない輩』というのもやってくるそうだ。

 観光地というのはそういうものなのだろう。

 

 ほどなくして、開けた場所に着いた。

 ヴィンセントがよく足を運ぶという『青空市場』だ。

 円筒形の大きな広場に所狭しと、屋台が並んでいる。

 新鮮な野菜やみずみずしい果実が中心だが、肉や魚を扱っている店もある。だが、今は時間が時間だ。おそらくこの市場がもっともにぎわうのは午前中で、夕方のこの時間帯ではすでに店じまいしている場所もあり、人もまばらになっていた。

 そのせいもあるのだろう。

 残った商品を早く手じまいにしたくて、にぎやかに客引きをしている者も多い。

「いらっしゃーい!いらっしゃい!閉店間近の大サービスだよ。ほうれん草が五束でこの値段だよ。こっちのスイカはまるごとひとつ持ってって!」

「今日上がったカツオだよ!たたきにして召し上がれ。この値段でいいよ!」

 活気があってなかなかに興味深い。

 店には見たことのない魚や南国風の青果が並んでいる。

 人の多い場所に行くと、なぜか遠巻きに眺められることが多い私だが、ヤズーの貸してくれた普段着のせいか、いつものように見られることもあまりなかった。

 時折、すれ違った人々が、目で追うようにしながら、なにやらひそひそと話をしているようだったが、別に今に始まったことではないので気にしないことにした。

 

 

 

 

 

 

「よぅ、綺麗なねぇちゃん!グレープフルーツ持っていかないかい?7つで500ギルでいいよ!」

 威勢良く声を掛けられ、振り向く

 そこには気に良さそうな壮年の男性が、まるまると実った大きなグレープフルーツの籠を掲げていた。

 私と目が合うと、その男は驚いたように息を飲み、ごほんごほんと二度ほど咳をすると、照れたように笑った。

「ねぇちゃん……いや、お姉さん、本当に綺麗なんだねぇ。驚いた。こんな綺麗な人、初めて見たよ」

「……そうか」

 私はそう応えた。

「いや~、そう返されると……いや、困ったな。照れるなぁ。よかったら、これ持っていってよ。よく熟れてて甘いから。なんだったら、食べてみる?」

「いいのか……?」

「今日はよく売れたから残り物だけど、品は変わらないからね。ほら、このままどうぞ」

 そう言って男は手早くナイフでグレープフルーツを剝き、楊枝を刺して寄越してくれた。

 純朴そうな田舎男だ。側に近寄ると意外にも睫毛が長いのが見て取れる。

「ほら、どうぞどうぞ」

「……いただこう」

 促されるままに一口食べると、かすかに苦みの混じった甘い果実の味が、口いっぱいに広がる。

「美味しい……」

 思わずそうつぶやく。店の主人は気をよくしたらしくどんどん食べるようにと促した。

 ただ甘いだけでなく、苦みのあるこの果実は、私の好物だ。そういえば、もうひとりのセフィロスも好きだと言っていた。同じ姿形だと好みも似るのだろうか。

 ……そんなことを考えながら、私は男が剝いてくれた、まるまるひとつを食べてしまった。

 

「……美味かった」

「よく食べたねぇ。グレープフルーツ好きなのかい?」

 ただで食べ尽くされたにもかかわらず、気の良い店主はそう訊ねてきた。それに素直に頷き返す。

「それだったならよかった。残りの六つ、持って帰りな。ちょっと荷物になるけどな」

 そう言って紙袋を手渡してくれる。

「……金は」

 と訊ねるが、

「いらないよ。どうせ売れ残りだったし。お姉さん、美味しそうに食べてくれたから」

 そう告げられた。

「……感謝する」 

 別れ際に手を振ると、彼も嬉しそうに返してくれた。

 クラウドが言っていたように、コスタ・デル・ソルの左端のイーストエリアは、田舎町だけあって、無害な輩が多いのだろうか。

 だが、悪い気はしない。私は黄色い果実でいっぱいになった袋を抱えて歩き出した。

 

「……あれ?セフィロス?」

 そう声を掛けられたのは、野菜の屋台を冷やかしているときだった。