『KHセフィロス』様の生涯で最も不思議な日々
~コスタ・デル・ソル in ストライフ一家~
<10>
 
 KHセフィロス
 

  

 

 

 

「セフィロス……やっぱりセフィロスだ。いや……もしかして向こうの世界の君かい?」

 独特の言い回しで訊ねてきたのは、勝手知ったる男、ジェネシスだった。

「ジェネシス……か?」

 サングラスを掛けているので、顔の全ては見えないが、声も聞き慣れている。

「『セフィロス』だね。どうしたんだい、こんな場所にひとりで。おまけに大袋を抱えて」

「……散歩だ」

 そう応えると、

「わざわざ別の世界までやってきてかい?」

 と笑われた。

 よくよく考えれば、この男はいつでも笑っているような記憶がある。

 

「……あれ?」

 そうつぶやくと、サングラスを外し、まじまじと私を見つめる。

 この身に起こった異変に気付いたのだろう。彼は明敏な男だ。

「どうも様子が…… 服装のせい……だけでもなさそうだけど。その服、ヤズーのだろう? 前に家に遊びに行ったとき見たことがある」

「まぁな」

「ひとまわりも華奢になって…… まさか君の身体にも異変が起こったの?」

「……そのようだ。この肉体は今は女になっている。……まぁ、見ればわかるだろうがな」

 ジェネシスはさして驚いた様子でもなく、上から下まで私を見回すと、

「それは困ったねぇ」

 と、やや大げさに腕を開いてみせた。

「……困っているのはレオンだけだ」

「そうなの?」

「私は特に不便はない。着ていた服が合わなくなってしまったくらいだな」

「君は相変わらずのようだね。でも、腕の力も落ちているだろう。袋を貸して。俺が持とう」

 そう言って、ジェネシスは両手で抱えていた紙袋をひょいと取り上げた。

「それにしても、あのうちの人たちは、君がひとりで外に出るのを止めなかったのかい? ましてやコスタ・デル・ソルなど地理がわからないだろうに」

「……黙って出てきた」

「おやおや、それはまずいよ。今頃、ヴィンセントたちが心配しているんじゃないのかな」

「案ずるな。ちゃんとメールを残してきた」

 私は心外に思って、やや咎めるようにそう言い返した。

 

 

 

 

 

 

「そう? それならばいいけど。よければ送っていこう。俺は車だから」

「……まだ野菜の屋台を見ていない」

「買い物があるのかい? では、俺も付き合うよ」

 そう言ってジェネシスは、私のとなりに立って歩き出した。

 ひとりで歩いていたとき以上に、まわりの人間の注目を集めてしまう。ジェネシスは華やかな男だからだろう。

 中には私たちをカップルと勘違いして、ひそひそと興味深げに談笑する女らもいた。

 

「……おまえと歩いていると、家の者に叱られてしまいそうなのだが」

 一応、私はそう告げてみた。

 なぜかもうひとりの私などは、あからさまにジェネシスを避けている。

「ははは、どうしてだろう。そんなに俺は信用がないのかな」

「……ヴィンセントらはともかく、もうひとりのセフィロスがうるさい」

「ああ、彼はねぇ。俺たちの仲を勘違いしているから。だが、レオンは大丈夫だろう?」

 彼はそう訊ねてきた。

「……レオンは何も知らない」

「だったら、そう気にする必要はないと思うけどね。あ、ほら『セフィロス』。野菜の屋台だよ。いったい何を買っていこうというの?」

 ジェネシスは私の話に大した感慨もなかったのだろう。あっという間に話をそらしてしまった。

 私は太った女のやっている屋台を覗き込んだ。なじみのある野菜の他にいろいろなものがある。

 私の目を引いたのはカラフルなピーマンの籠であった。

 緑色ではなく、赤や黄色、オレンジ色のものまである。

「……これを買っていく。これで一袋欲しい」

 そう言って500ギルコインを差し出した。

「パプリカばかりそんなに買っていくの?」

 ジェネシスが面白そうにそう言った。女は手早く大袋に詰め、差し出す。

「ちょっとおまけしておいたからね。サラダにしても美味しいよ!」

 なんとグレープフルーツの袋よりも大きなものいっぱいに買えてしまったのだ。

「……ピーマンではないのか」

「パプリカだよ」

 女とジェネシスが笑う。

 無知を嘲笑されているようで気分が悪いが、とにかく気に入りのものは手に入れた。

「……よかろう。買い物は終いだ」

「ふふ、きっと皆、びっくりするだろうね。君が青空市場で買い物をしてきたと知ったら」

「おまえのほうこそ、こんな場所で何をしていたのだ」

 先ほどから疑問に思っていたことを訊ねた。

「セントラルの時計屋に行ってきたんだよ。アンティークの腕時計なので、扱っている店がノースエリアに無いんだ。こちらの店には腕の良い技師もいるしね」

「ふぅん」

「そっちの袋も貸して。車を回してくるから、ここで……」

 ジェネシスがそう言いかけたときだった。

 

 こちらに向ってどかどかと走ってくる足音が聞こえた。