『KHセフィロス』様の生涯で最も不思議な日々
~コスタ・デル・ソル in ストライフ一家~
<14>
 
 KHセフィロス
 

  

 

 

 

「あッ!ねぇ! それってアレじゃない?」

 唐突に声を上げたのはクラウドだった。

 ヴィンセントが咎めるような目つきで、大声を上げた青年を見遣る。

「アレだよ、アレ!うちのセフィだって、熱っぽくてお腹痛いって言ってたじゃん!」

「ああ、アレ!」

 ヤズーも、クラウドと一緒になって声を合わせる。

 ごほん!と咳払いがすると、

「……女性の……その……月のものが来たと……?」

 おっかなびっくりという様子でつぶやいたのはレオンだった。

 もうひとりの私……セフィロスはいかにも気味悪そうにこちらを眺めている。

「ねぇ、『セフィロス』。今朝、出血はなかった?お手洗い、行ったでしょ?」

「ヤ、ヤズー……そんなあからさまな訊き方は……」

 ヴィンセントが身を乗り出しそうな彼を引き留める。

「……気付かなかった」

 正直に私は答えた。

「ああ、じゃあ、これから来るのかもしれないね。熱っぽさやだるさはその予兆でさ」

「……横になっていたほうが楽なのじゃないか、『セフィロス』?無理に起きている必要はないだろう」

 かいがいしく世話を焼こうとするのは、もちろん私の傍らに座るレオンだ。なぜかそわそわとして落ち着かない様子である。

「寝ているほど、つらくはないが……」

「おい、ドバーッと来て、ギャーッ!となるぞ。今のうちから心の準備をしておけよ」

 意地悪くそう言ったのは、同じ顔をした男だった。

「ふぅん……そんなものか。まぁ、初めての経験だからな。安静にしていようとは思う」

「案外冷静だね、『セフィ』は」

 デザートのシャーベットを舐めながら、クラウドが言う。

「うちのセフィのときは大騒ぎだったのに」

「よけいなことを言うな、アホチョコボ」

「だってそうだろ。失神までしたんだから」

 それは初耳だった。彼にとってそんなにも衝撃の大きなことであったのか。

 

 

 

 

 

 

「失神とは……また大仰なことになっていたのだな」

「うるさい!おまえも経験してみればわかる。あの気色悪さ……おぞましさ……口にはし難い感覚だ」

 そのときのことを思い出したのか、セフィロスは身震いを押さえるような動作をしてそう言った。

「と、まぁ、経験者はこう語っているので、横にならないまでも、今日は部屋で安静にしててね。さーてと、ナプキン、ナプキン。後、鎮痛剤だね」

「ヤ、ヤズー、そんなことを大声で……すまない、『セフィロス』。必要なものは揃えてあるから。安心して休んでいてくれたまえ」

 ヴィンセントが穏やかな笑みを浮べてそう言った。

 私はレオンに勧められるままに、サンルームの長椅子に移動する。今は太陽の光がシャットアウトされていて、居間よりも涼しいくらいだ。

 

「『セフィロス』、鎮痛剤だ。先に飲んでおいた方がいいらしい。それからええと……」

「レオン、私にかまう必要はない。ひとりで大丈夫だから、おまえはいつもどおりに過ごしていればいい」

 レオンが側に居ては、こっそりと持参してきたジェネシスの著書を読むこともできない。なんせ、内容が内容だ。

「だが……不安だろう。それともひとりのほうが落ち着くか?」

「そうだな。眠くなったら横になるし。もし、何か異変があったら、すぐに知らせる」

 素直にそう言うと、レオンは鎮痛剤と水を置いて、部屋を出て行った。ガラス窓にシェードを下ろしてくれたので、室内でのプライバシーは保たれる。

 

 レオンの過保護には慣れたつもりだったが、近頃はとみにその度合いが増しているように感じる。

 きっと『クラウド』に対しても、同様なのだろう。

 

 ……そう考えて、微かに嫉妬めいた気持ちに気付く。

 想像以上に、あの無骨で不器用な男を好いてしまっている自身に、苦い思いを噛みしめる。

 ……こんなはずではなかったのだが。

 肉体的な交わりよりも、心が囚われる方が遙かに厄介だ。その点、ジェネシスとのことは、なんら気にならない。

 しかし、レオンは……レオンとのことは……

 

「……今はそれどころではなかったな」

 敢えて、自身に言い聞かせるように、言葉にして口に出した。

 どうにも不安定な身体を持て余して、私は長椅子にうつ伏せて転がった。