『KHセフィロス』様の生涯で最も不思議な日々
~コスタ・デル・ソル in ストライフ一家~
<16>
 
 KHセフィロス
 

  

 

 真っ白な便器の中が朱に染まっている。

 そのあまりのあざやかさに目を奪われ、わずかによろけて壁に手をついた。

 

 だがのんきに突っ立っている場合ではない。

 ただちに下着に女性用品を装着しなければならないのだ。

 

 さっさと水を流して、私はヤズーのもとに向った。

 わりと冷静で居られるなと感じると同時に、身体のどこかが異様に焦っていて精神と肉体のバランスがとれていないように感じられる。

 

「ヤズー……」

 彼はキッチンで食器を戸棚にしまっていた。声を掛けるとすぐに振り向く。

「どうしたの?青い顔をして」

「……いや……いよいよ始まったらしい」

「え!ホント?大変ッ」

「騒ぐなレオンに聞こえる。……今出血があった。意外と量が多かった」

 正直に見たままを伝える。

「そう。じゃあ、アレがいるね」

「ああ。品物と使い方を教えてくれ」

「了解!じゃ、お手洗い行こう」

 

 私たちはこそこそとふたりで部屋を出て行った。

 ヴィンセントは少し離れたところでこちらを見ていたが、会話の内容に気付いたのか、そっとしておいてくれた。

 

「ねぇ、大丈夫?ドバッと来たなら焦ったでしょ。貧血とかは?」

「……少々くらくらしたが……」

「思ったより落ち着いているみたいで安心したよ。じゃ、化粧室の手洗い場に行こうか。そっちのほうが広いから」

 ヤズーはそう言って私を誘導すると、ドアをぴったりと閉めて鍵を掛けた。

「しばらく出血が続くからね。早くナプキン当てないと」

「ナプ……」

「ナプキン。まぁ、知らなくてもいい知識かもしれないけど。ええとね、このシールを剥がして……」

 テキパキと小物の使い方を説明し、ヤズーは化粧室の外に出た。

「俺はここにいるから。自分でやってみてごらん。出来たら出て来ていいよ」

 楽しい作業ではないが、難しくもない。

 『羽』と呼ばれたところを下着の内ポケットに織り込むと、ずれずに装着できるということだ。なるほどずいぶんと繊細に、細心の心遣いで出来ている。

 

 しばらく時間を掛けて、無事にそれを当てると服を正した。夜着だから楽なものだ。

 

 

 

 

 

 

「大丈夫?」

 部屋の外で待っていたヤズーがすぐにそう訊ねてきた。

 向こう側の壁に、クラウド、レオン、ヴィンセントの顔が覗いている。

 

 ……まったく大げさなことだ。

 たかが月のもの。病気ではないのだから。

 

「……そんな場所から珍獣を眺めるように見るな。私は問題ない」

 腹は痛むが、しゃんと背筋を伸ばしてそう言ってやった。

「ホント~?確かに『セフィ』落ち着いてるけどね。やっぱドバッてくると焦るもんなんじゃない?」

 クラウドが興味津々でささやく。

「き、君は気丈だな…… だが身体がだるいのは事実だろう。さぁ、早く部屋で休んでくれ」

 ヴィンセントの言葉に一つ頷いて、私はサンルームに戻った。レオンが後ろから慎重に付いてくる。まるで私が倒れたりしたら、すぐに支えると言わんばかりに。

「セフィロス……」

 その道すがら、ソファで寝転がっている同じ顔をした男に声を掛けた。

「セフィロス。確か言っていたな。月のものが来たら身体が元通りになったと」

「まぁな」

 新聞を眺めながら気のない返事をする。

「……となると、この私もまもなく元通りというわけか」

「多分そーだろ。おい、そんなところに突っ立っているな。貧血でぶっ倒れるぞ」

「……ふん、私はそこまで脆弱にできていない」

 多分に嫌みを含めてそう言い返し、奥の部屋へ足を進めた。

 

 広いベッドに落ち着くと、痛みがやや軽減する。

「……レオン、別にして欲しいことはない」

 何か訊ねられる前に、私のほうからそう言った。

「そ、そうか……では……その……」

「私に付いている必要はない。……いや、出て行けと言っているのはない。そうだな、この姿ももう見納めだ。まもなく男に戻るのだろうから」

「そんなつもりはない。俺はとにかくアンタが元気で居てくれればそれでいい」

 まるで親が掛けるような言葉を口にするレオンだ。

 その四角四面の仏頂面がおかしくて、私は口を開いた。

「……では、女のままでも良かったと……?」

「男でも女でも、俺の気持ちは変わらない。アンタのことが……大切なんだ」

「……そうか。もういい……そうだな。では眠るから側に付いていてくれ」

 素直にそう言うと、彼はほんのわずかだが嬉しそうな表情を見せた。

 私の枕元にチェアを置き、そこに腰掛ける。

 

 ……まもなく男の肉体に戻る。

 それは私にとってありがたいことだった。

 何より、元通りの力が戻ってくることを歓迎したかった。

 

  穏やかな眼差しで、レオンがこちらを眺めている。目が合いそうで合わないような微妙な距離感でだ。

 

 ……腹に子ができたならば……などということを想像したのが、今さらながら恥ずかしくなった。頬が熱くなるような感覚に囚われたが、実際には顔に出ていなかったと祈りたいものだ。