『KHセフィロス』様の生涯で最も不思議な日々
~コスタ・デル・ソル in ストライフ一家~
<17>
 
 KHセフィロス
 

  

 

 

 『ソレ』が始まった日から数えて、ちょうど一週間……

 

「元に……戻らない……!」

 私は予想外の展開に、いささか動揺していた。

 女性になった私の肉体は、無事に月のものが終わってもそのまま何ら変化がなかったのだ。

「いったい……どういうことなのだ……」

 カダージュやロッズがいなくなった居間で、私は思わず口に出した。

「ま、まぁまぁ、『セフィロス』。そう焦ることもないよ。ホロウバスティオンで何か用があるってわけじゃないんでしょ。だったらゆっくりしていけばいいじゃない」

 ヤズーが私の気を引き立てるように、ことさら明るい口調でそう言った。

「そのとおりだ。体調だって、まだ本調子ではないのだし、そんなに思い詰める必要はないだろう」

 ヴィンセントも声を合わせる。

「……だが……どうして……この身体は……」

 こちらの世界のセフィロスが言っていた。

 女性の月のものが始まった翌日、もとの身体に戻っていたと……

 私もてっきりそのつもりでいたので、出血が止ってから何日も経っているのに、いっこうにその気配がない現状を、どう受けとめればよいのか困惑した。

 ……万一……

 もし、万一、このまま治らなかったら……?

 もとの身体に戻れなかったら……?

 

「『セフィロス』、顔色が悪い。どこか痛むんじゃないのか?それとも気分が悪いのか?」

 ソファのとなりに座ったレオンが、落ち着かない顔で訊ねてくる。

 どうもレオンは、女の肉体である私を持て余しているのだろう。親身になって心配はしてくれるが、安易に触れたりなどはしなかった。

「……身体の具合が悪いわけじゃない。ただ……困惑している。このままではホロウバスティオンに帰れない。これから先……どうすればよいのか……」

 ついそんな弱音がこぼれ落ちた。

 自身の絶対的な強さに自信があったのは、やはり男の身体であることが前提であることを思い知らされた。

 今の私は、到底、『死の大天使』と怖れられる存在には成り得ないだろう。それどころか、城を取り巻くノーバディやハートレス相手に無傷でいられるかさえわからない。

 情けないがそれが現実であった。

 

 

 

 

 

 

「ぐだぐだ愚痴ってもしかたねーだろ」

 無遠慮な声が飛んできた。もちろんもうひとりの私だ。

「治らなかったもんはどうしようもねぇだろ。しばらくすれば元通りになるかもしれないし、もしかしたら一生そのままかもしれんな。フン」

「セフィロス……! そんな言い方をして……!」

 すぐにヴィンセントが叱るが、そんなことは歯牙にも掛けない。

「オレ様と同じツラのくせに情けねー顔しやがって。鬱陶しいんだよ!」

「……鬱陶しいなら別室にでも行っていればよいだろう。私はただここに世話になり続けているのが心苦しいだけだ」

「よく言うぜ。『これから先どうすればいいのか』とかなんとかつぶやいていたくせに」

 独り言のつもりで口にした言葉をくり返され、一瞬カッと血が上る。頬が上気していないことを祈りつつ、私は立ち上がった。

「……ならば私が別の場所へ行く。誰も付いてくるな」

 そう言い残して、借りている部屋から小物入れを持ち出し、私はさっさと玄関に向った。

 家の中にいると気が滅入るのだ。

「ちょっと、『セフィロス』、どこ行く気?一人じゃ危ないよ」

「別に遠出をするわけじゃない。ここにいると不快になるからな。外の空気を吸いに行くだけだ」

 心配して声を掛けてくれたヤズーに、そう応えると、扉を開けて外に出た。

 後から夕食の時間がどうとか、声が追ってきたがそれは無視する。ヴィンセントらには悪かったと思うが、あのまま居間に居続けたら、泣き言のようなセリフを口にしてしまうかも知れない。

 そんな自分がとてつもなく嫌だったのだ。

「『セフィロス』、俺も一緒に……」

 案の定、レオンが小走りに付いてくるが、それも断った。

 ひとりになりたい。

 そうくり返していうと、彼は苦しそうな顔をしたまま、私を見送った。

 

 太陽が落ちかけて、オレンジ色に輝く道を足早に進んでいく。

 目的の場所があるわけではない。

                   

 ただ、今はあの家の者たちの側にいたくなかっただけだった。