『KHセフィロス』様の生涯で最も不思議な日々
~コスタ・デル・ソル in ストライフ一家~
<19>
 
 KHセフィロス
 

  

 

 

「これ、これ!セピロスくん」

「……私は『セフィロス』だ。まだ何か用があるのか」

「いやね、ちみね。確かに、放っておいてもいいんじゃがね、コレ。もし何かあると、あの家の連中はしつこいからね~。本当に厄介な者ばかりじゃからな、ソレ」

「…………」

「それに一応、ちみもわしの患者であるわけだし、その後の話も聞きたいしの。じゃあ、こうしなさい、アレ。わしの家に寄って行きなさい。ついでに診察もしてやれるからの、コレ」

 アレ、ソレ、コレという物言いが何だかひどくおかしく感じられて、つい吹き出してしまった。この医者のことは何も知らないが、信用してもよさそうだとは思う。

 肩に怪我をしたときも、今も、熱心に治療しようとしてくれたことは事実だし、この男には何の危険も感じない。ただの奇妙な中年男だ。

「……ほれ、何をしとる。ついてきなさい」

「いいだろう」

 先に立って歩き出す医者の後に、連なっていった。

 別に親しく語り合うつもりもなかったので、並んで歩くことはしなかった。

 おかしなことに、話し相手もいないのに、珍妙な医者は、やれ、すももはすっぱいからよけいだの、干物は好きでないなどと、ひとり文句をくり返していた。

 

「ほれ、こっちの勝手口から入りたまえよ、コレ。そっちの扉は診察室に続いているからね、ソレ」

 促されるままにちっぽけな診療所に入ると、私は居間に通された。

 古ぼけた三人掛けのソファに、オットマンが置いてあるだけの殺風景な部屋だ。観葉植物の鉢植え一つすらない。

 木製のキッチンとダイニングは続きになっている。

 しかしこの医者の性格なのだろうか。ほこりひとつ落ちていないのはよい心がけといえるだろう。

 

「えーと、コーシー、コーシー、いや、カフェインがよくないかな。緑茶にしておこう、コレ」

 そう定めると、氷の浮いた冷たいグリーンティを差し出された。本当はフルーツジュースなどのほうが好みだが、喉も渇いていたし素直に受け取った。

 

「さて、それでは晩飯を作ろうかの、コレ。簡単なものしか出来んがな」

 そう言って医者は大儀そうに立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 わずか十五分後にテーブルに並べられた食事は、どれもこれもヴィンセントの作るそれとは著しく異なっていた。

 輪切りにスライスしたトマト。きゅうりともやしを適当に和えた小鉢。封を切っただけの魚の缶詰、唯一火を使って作ってあるのは、中央に盛られた焼き飯だけだ。

「おっとそういえば、果物を忘れていたの、コレ。パパイヤとマンゴー……すもももいっぱいあるからね、ソレ、遠慮しないで食べたまえよ」

「…………」

「どうしたのかね、コレ。早う食わんと冷めてしまうよ、ソレ」

 そう言いながら、痩躯の医者は、妙に手際よく平皿に、焼き飯を盛りつけた。ずいと私に突き出す。

「あー、そうそう、ゴハンを食べる前に、野菜を一口食べたまえよ。トマトがあるからね、ソレ」

 ……腹が減っていないわけではない。

 だが、あまりにも野性味溢れた食卓に、私はいささか逡巡した。

 恐る恐るトマトを一口食べてみる。

「……甘い」

 ほどよい酸味と甘みが口いっぱいに広がる。どうやら野菜や果物は食べられそうだ。

「そうじゃろそうじゃろ。青物市場の野菜は新鮮で美味いからな、コレ。しっかり食べなさい。ほれ、チャーハンも」

「……チャーハン?これが?」

 私は無遠慮に聞き返した。

「どう見てもチャーハンじゃろが。熱いうちがいいぞよ、ソレ」

「……焼いたご飯にしか見えないが」

「だからチャーハンじゃろ。メインディッシュだからの。遠慮しないで食べたまえよ、ちみ」

 しかたなく、私はスプーンを動かした。お世辞にも見た目はいいと言えない物体だ。ところどころ焦げて黒くなっている。それを嫌々口に運ぶ。

「…………」

「どうだね、出来たてだから美味いじゃろ、コレ」

「……まずくはないが……苦い」

 正直にそう言った。

「それはおこげの部分じゃよ。ほれ、もっと食べたまえよ、ソレ」

 ……腹が減っていたこともある。

 目の前のチャーハンといわれた焼き飯は、まぁ食べられないこともない程度の味であった。つまり想像したほどひどくはないということだ。

 口直しにトマトを食べる。

 そしてまた焼き飯をすくい上げた。

 目の前の医者を見ていると、こげた焼き飯を食べてやらねばならないような気がしたからだ。