『KHセフィロス』様の生涯で最も不思議な日々
~コスタ・デル・ソル in ストライフ一家~
<22>
 
 KHセフィロス
 

  

 

 

「そんなことレオンが思いつきでしゃべっているだけだ! このまま私の身体が元に戻らなければ、やがてあの男も私から離れてゆく。こんな面倒な身体……五年も十年も、レオンがひたすら待ってると思うのか?」

「そ、それは……で、でも……」

「皆、今の私には同情もしようし、心配もしてくれるだろう。だが、皆の思いが十年も先に同じままだとは到底思えぬ! 今度の私は何の力も持たぬ姿でひとりになる……!」

「セ、『セフィ』……落ち着いて」

 泣きそうな面持ちでクラウドが私をなだめるが、一番想像したくない未来を口にした私はもう止まらなかった。

「何の力ももたぬまま……ひとりで……! 唯一……唯一、私を受け入れてくれた男まで失って……!」

 私は目の辺りがじわりと熱くなるような感覚に、ハッと顔を上げた。

 まさか……涙?

 この状況で……?

 女の肉体になっているから、涙腺までも脆くなっているのだろうか。

 クラウドに気付かれないように、慌てて顔を背けた。彼が困惑しきった顔で私を見ている。

「あー、コレ、落ち着きなさいよ、ちみ」

 いきり立っていた私の肩を押さえたのは、山田とかいう名の医者だった。

「ほれ、冷たいものでも飲んで」

 いつの間に奥へ引っ込んだのか、新しいグラスに綺麗な桃色のジュースをよそってきてくれた。

 毒気を抜かれて私はつい押し黙った。

「ほれほれ、そんなに興奮して。喉がかわいてるじゃろ、ソレ」

 自覚はしていなかったが、喉がひりひりと焼け付く。

 私はおとなしく椅子に腰を下ろし、手渡されたグラスを一気にあおった。

 それでも、はぁはぁと荒い吐息が漏れるのを、押しとどめることはできなかった。

 

 

 

 

 

 

「わ……ちょっ……驚いちゃった。『セフィ』がそんなふうに怒鳴るトコ、初めて見たかもしんない」

「…………」

「そんなふうに睨み付けないでよ。うわー、でも今の話、レオンに聞かせてやりてー、マジで」

「……戯れ言を!」

「そんなんじゃないってば。レオンはきっと十年でも二十年でも待ってると思うよ。いや、でたらめじゃなくて本当に。いや、俺的には、向こうの世界の『クラウド』のこと考えるとあまり応援するわけにもいかないんだけどさ。レオン、ホントに『セフィロス』にホレてるから」

「……十年先でもか」

 私はふて腐れたようにそう言った。するとクラウドはすぐさま頷き、

「十年先でも!」

 とくり返した。

「そうじゃのぉ、コレ。あのレオンとかいう青年、実直を絵に描いたような男じゃからの。しかし、ちみのどこが気に入ったのかね、ソレ。まぁ確かに男性にしては見てくれは良いのだろうがね」

 無遠慮な目線を向けられるが、どうもこの医者に悪気はなさそうだ。

「ああいう男はしつこいのじゃよ、コレ。一度想われてしまったら、最後、他の輩に懸想することは無いと思うぞよ」

「……私を慰めているつもりか」

 低い声で咎めるように言うが、医者はどうでも良さそうに頭を振った。

「いんや別に。何の得にもならんしの。だが見たままをそう告げているだけじゃよ、ほれ、もっと果物を食べなさい。ちみは見た目は大きいが食が細いようじゃの、コレ」

 ずいずいと果実を目の前に押しつけられて、私は閉口した。だが、どうでも良さそうに言われたセリフに、わずかでも落ち着いた気分になっているのが不思議だった。

 

「さて、食うモン食ったし、帰るよ、『セフィ』。あんまし遅くなるとヴィンセントが心配するから」

 これ以上意地を張り続けるつもりもない。風呂にも入りたかったし、私は素直に席を立った。

 クラウドのバイクの後ろに乗ると、医者が見送りに出てきた。

「あー、セピロスくん。ちみね。とにかく考えこまないようにね。きっと大丈夫だからね、身体のことも、レオンくんのこともね、コレ」

 そう言われて、少し恥ずかしくなってそっぽを向いたまま頷き返した。

 

 クラウドの運転するバイクの後ろに乗り、私よりも小さな身体につかまる。するとなぜか、彼は嬉しそうに笑い、口を開いた。

「なんかさー、『セフィ』の泣き顔ってカワイイ!あ、バカにしてるとかじゃないよ、全然! ほら、普段無表情だからさー。そのギャップが萌える」

 などとバカなことを言う。

「……家に帰ってもよけいなことを口にするな」

 私は釘を刺しておいた。

「わかってる、わかってるってー。俺と『セフィ』だけの秘密ねー。でも、何か得した気分。たまにはさー、レオンにも素直に話、すればいいんじゃない? あいつも口に出さないヤツだけど、そうしてあげたら、本当はすごく嬉しいんじゃないかな」

 クラウドの言葉に、私は何も言い返しはしなかった。