『KHセフィロス』様の生涯で最も不思議な日々
~コスタ・デル・ソル in ストライフ一家~
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 KHセフィロス
 

  

 

 

「おかえり……! ああ、無事でよかった」

 相変わらず大げさなのはヴィンセントだ。抱きつかんばかりの勢いで駆けだしてきて、玄関を開けてくれる。その後にぞろぞろとレオンやヤズーが続いてくる。時刻はすでに夜の十時近い。カダージュたちは部屋に引き上げた後だったのだろう。

「もうね~、ヴィンセントもレオンも、迎えに行くって言って聞かないの。兄さんが一緒だから大丈夫だって言ってるのにさ」

 ヤズーがさもおかしそうにそう言った。

「いや、クラウドを信用しないわけではなかったのだが…… 山田先生のところでは何をごちそうになったのだ?もう腹は空いていないのか?」

 居間で茶器の用意をしながらヴィンセントが訊ねてきた。

「焼いた飯を馳走になってきた。後、果物も」

 私は正直に答えた。

「焼いた……? チャーハンのことかな」

「……あくまでも飯を焼いただけのものだ。それ以上でもそれ以下でもない」

 正直な私の言葉に、クラウドが声を上げて笑った。ずっと側にいるがレオンはまだ一言も口を聞いていない。

「そう、あのまっずいチャーハンをさ~。まぁ、果物とかドリンクがあったから、どうにか入ったけど。『セフィ』ってば、すっごい律儀に食べてんの」

「ク、クラウド、失礼だろう」

 ヴィンセントが慌てたようにそう言う。

「兄さんってば、そんなにしょっちゅう山田センセのところに寄ってきてるの? もう、暮れにはごあいさつに行かなきゃね、ヴィンセント」

「……まったくだ。ところで……レオン、静かだな。気分でも悪いのか?」

 ヴィンセントが気ぜわしげにそう声を掛けた。私もずっと押し黙っている彼が気になっていたのだが、先に声を掛けてもらった格好だ。

「あ、いや……すまない。少し、気が抜けてしまって」

「なになに、『セフィ』が無事に帰ってきたから?」

 からかうようにクラウドが言った。

「それ以外に何がある。……おまえが一緒という話しは聞いたのだが、どうにも落ち着かなくてな」

「レオン、シツレーじゃん、俺に対して。言っとくけど、俺と『セフィ』だけの秘密とか持っちゃってるから。教えてって言っても教えてやんない」

「……なんだと」

「だから教えてやんない!」

「クラウド……よさないか大声で」

 ヴィンセントが横合いから口を挟むが、クラウドはいかにも楽しそうにそう言い放つのだった。私が咳払いをすると、『わかってる』と言わんばかりに頷くのだが、落ち着きのない彼のことだ。どこまで信用できるのかわからない。

 今夜はさっさと退場するに限る。そう考えていたときだった。一番遠くに腰掛けていた、もうひとりの私が、こちらを見て不思議そうに声を掛けてきた。

 

 

 

 

 

 

「……おい、おまえ。その服、ずいぶんときつそうに見えるが?」

 まったく脈絡のない話に、一瞬、何を言われているのかわからなかった。

「え……」

 と真抜けた声が口から漏れる。この服はヤズーのワードローブだ。女性の身体では十分すぎるほど余裕があったが、今は……?

 とっさに私は自身を抱きしめるように、腕を胸まわりで交差させた。

「ど、どうしたの、『セフィロス』」

 ヤズーが、せわしない私の動作に、驚いたような声を上げた。

「『セフィロス』……?」

 ヴィンセントも、席を外してやってくる。

「む、胸が……」 

 あえぐように私は声を絞り出した。

「胸が……なくなってる……」

「ええっ!?」

 皆の声が一斉に上がった。だが、私は事実を口にしているだけだ。医者の家を出るときは間違いなくあった胸が、今は平坦になっているのだ。

「えぇっ、ちょっと……それって……?ほ、他のところは、『セフィロス』」

 ヤズーに言われて、私は首まわりや腰をさすってみた。なんとなく骨張っているように感じる。

「アホか、他のトコっていや、ここしかないだろ」

 そう言って手を伸ばして、恐ろしくも私の股間を握りしめたのは、もうひとりのセフィロスであった。

「お、おい、セフィロス!」

 レオンが慌てて、ヤツの腕をとる。

 

「なんだ、ちゃんと『ある』じゃねーか」

「セフィってば、信じられない。超下品」

 というクラウドの言葉などものともせずに、セフィロスはおかしそうに笑っていた。

「…………」

 言葉の出ない私に、レオンがささやきかける。

「もしかして……『セフィロス』……戻った……のか?」

「そう……らしい。先ほどまでは何も変わらなかったのに……クラウドのバイクの後ろに乗せてもらっているときだって……女のままだったはずなのに……」

「そうだよね、胸の感触あったもん」

 明け透けにクラウドがそう言う。

「……いつの間にか……元に戻っていたらしい」

 私は気が抜けて、そのままソファに崩れるように座り込んだ。

「『セフィロス』……大丈夫か?」

 心配そうに声を掛けるレオンに、私は頷き返したが、なかなか立ち上がる気分になれなかった。十年二十年このまま……そんな話しをしていたのが、つい先ほどだったなどとは信じられないほどだ。

「『セフィロス』……? あ、あの……」

 困ったようなレオンの言葉に、ようやく私は自分の両目から、しずくが垂れていることに気付いた。前が滲んで見えなかったのはそのためだ。

 もう、男の身体に戻っているはずなのに、弛んだ涙腺から涙が流れてきたらしい。

「えー、でもちょっと待ってよ、これってまさか、山田センセのチャーハン効果じゃないだろうな」

 冗談でもなくクラウドが叫んだ。

「バカかテメーは。焼き飯で男に戻れたら、だれも苦労せんわ」

「そんなこと言ったってわかんないじゃん。セフィは食べたことないくせに」

「家で美味いメシが食えるのに、何が悲しくておっさんのまずいメシを食わなきゃいかんのだ」

 さもバカバカしいという様子で、もうひとりの私……セフィロスが言う。