嗚呼、吾が愛しの君。
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<21>
 セフィロス
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……クラウド……それにセフィロス。ふたりとも……どこまで私のことを知っているのだろうか……?」

 低い声がゆっくりと綴る。

「はぁ? なんのこと?! ヴィンセントは俺の恋人でしょッ? 一番好きな人でしょッ? なんでも知ってるよッ! うっうっ、えぐっえぐっ……」

 クラウドがぐしょぐしょの顔を必死に擦る。

 

「……おまえの肉体には、望まざる生命が宿っていると言うこと。DG連中が望んでいるのは、その身の内のカオスだというところまでだな」

 オレは知っていることをそのままに述べた。

「……今は封じ込めているが……エンシェントマテリアを持ってしても、いったいいつまで正気でいられるかわからない」

「エ、エンシェントマテリア? な、なにそれ?」

「……私の肉体に埋め込まれた制御装置のようなものだ」

「……な、なんだよ……わかんないよ」

 眉を「ハ」の字に落として、不安げにつぶやくクラウド。

 しおたれてる髪を撫で、やさしく微笑むとヴィンセントはゆっくり首を振った

「いいんだ、クラウド」

「『いいんだ』って……なんだよ、ヴィンセント、そんな顔しないで。そんなつらそうな顔して無理に笑わないでよッ!」

「……クラウド」

 必死の形相のガキをなだめるようにヴィンセントが彼の名を呼んだ。

 

「おい、黙ってろ、クソガキ。ヴィンセント、それで? 今がどういう状況で、敵の大将はどこにいやがる」

「……星の淀み生まれし魂

 汚れ除き清き流れ

 終わり名を持つ

 オメガへ導く

 その名はカオス

 星の海への導き手」

 

 ヴィンセントは謳うように……だが静謐を湛えた声でささやいた。

 

「……なに……? なんだそれは……?」

「碑文に出てくる名は2つ……オメガとカオス」

 ヴィンセントは続けた。紅い瞳はオレを見つめるが、オレではないどこか遠いところを眺めているようにも見えた。

「カオスは<オメガ>と対を成す存在なのだ。星の淀みより生まれ、オメガが星から飛び立つ前にすべての命を、分け隔てなく狩り取るもの……」

「なん……ッ?」

「……私の肉体にはカオスが今も息づいている。エンシェントマテリアは、星が自らの命を永らえるために……カオスを抑えるために作ったものだと考えられる。同時にオメガの発現も押さえるのだろう。どちらかが生まれれば……星は破滅への道を歩まねばならない」

「……ずいぶんとごたいそうなモノを抱え込んでいるな、ヴィンセント」

 正直、そう皮肉るのが精一杯であった。

 案の定、クラウドのチョコボ野郎は、惚けたまま突っ立っている。

 

「……彼らが……ツヴィエートらが私を狙うのは、オメガの覚醒が目的なんだ。だからカオスを宿す私を目覚めさせようとしている」

「バカな……そんなことをしたらDGどもだって一蓮托生だろう!カオスがすべての命を狩りとる輩ならば言うまでもないはずだッ!」

「……それでも、コトを為そうとしている。理由があるのだろう」

「知ったことか!」

 オレはヴィンセントを怒鳴りつけた。クラウドがびくりと身を竦ませるような口調で。

 

「セ、セフィ……! ヴィンセントに怒ったって仕方ないだろッ…… そ、それで、ヴィンセント? ねぇ、俺たち、どうすればいいの? どうすればヴィンセント、助けられるのッ?」

「……クラウド……私は……私の運命は最初から『こう』だったのだと思う。おまえに巡り会い、束の間でも幸せな時間を手に入れられたのは、神が与えてくれたわずかな餞別のようなものだったのだ……」

「なんだよ、それッ! そんなの許さない! 神様なんて居やしない、ヴィンセントに死ねっていう神様なんて……いるかよッッ!」

 ギュウギュウと深紅のマントを握りしめ、クラウドはようやく渇き掛けた双眸から、再びボロボロと涙をこぼし始めた。

「……クラウド……」

「ヴィンセント、俺のこと愛してるって言ったじゃんッ! ずっと側に居るって……! もう嫌だ、ひとりになるのは……! 絶対に嫌だーッ」

「クラウド……おまえには仲間がいるだろう? 兄弟がいるだろう? かつて……だれよりもおまえを愛してくれたセフィロスが側に居てくれるだろう……?」

 ほとんど泣き笑いのような表情になって、ヴィンセントが言い聞かせる。

「やだッ……やッ……ヴィ…ヴィンセントが居なくちゃ……ヴィンセントでなきゃ……ヤダ……ヴィンセントがいい……ヴィンセントがいいんだよ……ッ え……えぐッ……えぐッ……」

 鼻水だらだらに涙ぐちゃぐちゃだ。

 このツラを見ても、いつぞやのあの女……ティファとか言った巨乳女はこのガキが好きだなどと抜かすのだろうか。

「勝手なことを抜かすな、この軟弱男が! だ〜れが今さら、このワガママなクソガキのお守りをしたいと思うか! 冗談ではないわ、ボケが!」

「う、うっざい! ゼブィロズ……うっうっ……ヴィ、ヴィンセントにひどいごど言うな〜ッ!」

「人を濁点つきで呼ぶな、アホチョコボ! おい、ヴィンセント、それで貴様はどうするというんだ? おまえの中のカオスが目覚めたら、オメガの対になって地球上の生命を狩り取るんだろ?」

「……そうだ」

「だったら、カオスを目覚めさせる前に、オメガとやらの宿主をブッ殺せば済むんじゃないか?」

「……カオスとオメガは強く引き合っている。オメガが覚醒すれば、また……私も正気でいられる自信がない」

 暗鬱な口振りで、ヴィンセントはつぶやいた。

「バーカ! くだらんことをグダグダグダグダ考えやがって!  そうなったらその時に打開策を考えろ!」

「……セフィロス……」

「いいか、どんな状況に置かれても自ら死ぬことだけは考えるな! 死んですべてが終わるなんて甘っちょろい考えは捨てろッ! 『残された人々には幸せに暮らして欲しい』『周囲にやさしい人間たちがいるから大丈夫だろう』……そんなのはてめぇ自身が安心するために、勝手な言い訳を作っているだけだ! 残されたヤツがおまえを追って自殺しようと、病気にでもなっておっ死のうと、先に居なくなったおまえは、我関せずで済むからなァ!」

「……そ、そんな……セフィロス」

 ヴィンセントの心根は痛いほどわかっている。悩みに悩み抜いて出した結論だったのだろうと、想像がつく。もちろんヤズーやその他の連中だって、誰より優しいこの男が、自らの命と引き替えに、最期の手段を選択したのだと理解しているはずだ。

 だが、オレは言わずにはいられなかった。

 勝手に置き去りにされた者の気持ち……捨てられた者の憤りを……ぶつけずにはいられなかった。

 これまで、幾度、クラウドを独りぼっちにしたか……また今も、オレを慕う者を置いてきたままにしているにも関わらず。

 仕舞いには何をこんなにムキになっているのかと、激昂する己自身が滑稽にも感じていた。