嗚呼、吾が愛しの君。
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<31>
 セフィロス
 

 

 

  
 

 

 

 

「兄さん……! ヴァイス……にいさん……ッ!」

 健気にも動かぬ身体を引きずるネロ。そしてようやくヤツの足元に辿り着き、伸ばした腕を、『ヴァイス』は無関心に打ちはらった。

 敵対しているオレたちが思わず目を奪われるほどに、冷淡な態度で……

 

「にい……さん? ヴァイス兄さん……ッ!」

 尚も追いすがるネロ。

 そしてオレたちの目の前で信じられない光景が展開された。

 求めるように必死に縋るネロ……だが、ヴァイスは鬱陶しげに眉を顰めると、這い蹲るヤツに片手を差し向けた。

 

 カッ!とその掌が発光する。

 白い閃光……

 ド……ドドドンッ! ゴゴッ……!

 

 瓦礫を砕くような重い音が聞こえると、もはやネロの身体はぴくりとも動かなくなった……

 

「なッ……?」

 残虐な仕打ちに、声を上げたのはヴィンセントだった。

 オレは目線だけで後ろを振り返った。

 クラウドもヴィンセントも、それほどオレから離れていない場所に突っ立っていた。

「なにを……?」

 呆然とつぶやくヴィンセント。

 気持ちはわかるが、今の今まで闘っていた相手に、同情する必要など無いだろう。今にもネロに駆け寄らんばかりに動揺している様は、まさにヤツらしいというべきか、お人好しもいい加減にしろと叱りつけるべきか、判断に迷うところだった。

 

「……どういう……つもりだ。おまえを兄と呼ぶ男を……なぜ?」

 ヴィンセントの問いかけに、白光で包まれた男はニヤリと嗤った。口の端を持ち上げただけの酷薄な微笑。

「なにがおかしーんだよ、コノヤロー!」

 言葉が悪いのはクラウドのガキだ。

 

『これはこれは……めずらしい客人だ』

 ヴァイスが初めて口をきいたとき、オレは名状しがたい違和感を感じた。

 まるで精密機械で作り出したような奇妙な声音。本人は上背のある……いや、巨躯とさえ言える、体格のよい人物だ。隆とした上腕から、厚い胸元に掛けての線……そして張りつめた背筋……なまじ上衣を身につけていないから、嫌というほど目につく。

 だが、今耳にした声は、おかしな具合にしゃがれていて、機器の電子音が混ざっているような印象だった。

 

『……ヴィンセント・ヴァレンタイン……貴様とはよくよく腐れ縁があるらしい……』

 ヤツは確かにそう言った。

 ……腐れ縁?

 なんだと?どういうことだ?ヴィンセントとこの白髪の男……面識があるというのか?

 ……バカな……?

 

 だいたいDGなどという存在が明るみに出たのだって、今回の一件が発生してからのことだ。それまでは二重三重の戒厳令が敷かれていたし、神羅カンパニーが無くなってからも、ヤツらは地中深く埋められていたはずなのだから……

 

 

 

 

『ヴィンセント・ヴァレンタイン……わしだよ……わからんのかね……?』

 耳障りな電子音が繰り返した。

 

「ヴィンセント? ……アンタ、あいつ……知っているのか?」

 クラウドも眉を顰め、不審げに訊ねている。

 ヴィンセントは黙したままだ。その表情から困惑と不安が読み取れる。だが、ヴァイスの言葉は、ヴィンセント自身にも理解し難かったようだ。必死に記憶を巡らせているのだろうが、はかばかしい様子ではない。 

 ……だが、その次にヤツが発した言葉こそ、真に驚愕に値するものであったのだ。

 

『……おお? そこにいるのはセフィロス……! セフィロスか!? キッヒッヒッ……そうだ、おまえだ! おお、そうだとも! おまえがあんなことで死ぬわけがない。あんなできそこないどもに殺されるはずがない。おお、セフィロス! 最強のソルジャー! わしの英知を詰め込んだ完全なる至上最強の戦士よ……!』

 

「……な……?」

 オレは自分の口から、何の芸もない驚きの声が漏れるのを他人事のように聞いていた。

「セ、セフィロス……?」

 クラウドがオレを見る。

「な……なんだと……? きさま……いったい……?」

 いったい何なんだ、この男は?

 オレとこいつは明らかに初対面だ。片鱗すら見覚えはない。

 

「……お、おまえは……! まさ……か……?」

 そうつぶやいたのはヴィンセントであった。

 ああ、そのときのヴィンセントの声音……おぞましさを必死に堪えた押し殺したようなうめき声……

 だが、この時点においてでさえ、オレには何の心当たりもなかった。

 

 だが、ヴァイスとかいう野郎は、間違いなく初対面のオレを、『セフィロス』と呼び、最強のソルジャーとまで言った。しかも、三年前の事件を知っている口ぶり……

 

『ヒヒヒヒ……ヴィンセント・バレンタイン。よくよくお前とは縁があるものよ……しかしまさかセフィロスにまで逢わせてくれるとはなぁ……キッヒヒヒ……』

「おい、貴様ッ! 黙って聞いてりゃ、好き勝手にしゃべりやがって! オレは貴様のことなど知らんッ! ヴィンセントだって、てめぇに会うのは今が初めてだろうよ! いったい、貴様は何者なんだッ! オレにわかるように言え!!」

 自らの苛立ちを、そのまま白髪の男にぶつけた。

 不快なことに、野郎はこのオレが苛立てば苛立つほど、ひどく楽しそうに嘲笑いやがった。

『そうかね……わからんか、セフィロス?このわしが誰だか……』

「知るかッ!鬱陶しいッ!」

 込み上げる不快感を叩き付けるように、オレは叫んだ。

 ……それからわずかの間を空け……ヴィンセントが苦しげな言葉を紡いだ。

 嫌悪と不快と……そして間違いなく恐怖を込めた声で……