〜 ジェネシス逗留日記 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
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 ジェネシス
 

 

6:50

 

起床。

今日の目覚めは最高だ。

なぜなら、今日から約一ヶ月、女神の棲まうこの館での生活が始まるのだから。

 

 ミッドガルでの大騒動……結果的に目的となっていた三者会談は無事終了したのだが、そのための代償は安くはなかったのだ。

 特に、この家の人たちにとっては。もちろん、彼らが先の計画に協力したことを後悔しているという意味ではない。

 むしろ、得たもののほうが大きいのだろう。

 それは家族の絆であったり、恋人同士の信頼関係……そして、これまで反目していた連中との和解……といった点で。

 しかし今回はただのテロリスト相手などという甘いモノではなく、DGソルジャーから一般人を守るミッションであったわけで、この家の人たちも無傷ではいられなかったということだ。

 その中でも貧乏くじを引いてしまったのが、ヤズーだろう。

 彼は三兄弟の中でも、女性のように整った容姿をしており、また如才なく行動できる人物で、いわばこの家において調整役といった立場だった。

 家事もテキパキとこなすし、争いごとの仲裁、そして人間関係の取り持ちなど、さまざまな方面にその才能は発揮されていた。

 そのヤズーが、全治一ケ月と宣告されたのは、つい先だってのことだ。

 それでも家族揃って帰りたいというヴィンセントの願いをかなえるべく、この俺がヘルプとして一月ほど、この家に滞在することになった。

 

 

7:00

 

 コスタ・デル・ソルの朝は早い。

 午前5時台から明るい日射しが忍び込んでくる。

 まだ勝手がわからないので、あまり早く起きすぎても、女神の迷惑になってしまうと考えたのだ。

 家事でも日曜大工でも、彼の望むように手伝いたいと思っているのが、俺の想い人はひどく遠慮深い人物で、ささいなことですぐに恐縮してしまう。

 俺としては、そんなところがまた愛しくて、なんでもしてやりたくなるのだが。

 

 さて、そろそろ頃合いだろ。心地よい目覚めの余韻に浸っているのはここまでだ。 

 俺はさっそく身繕いを済ませるため、シャワー室に向かった。

 

 

7:30

 

「おはよう、女神!」

 すでにキッチンで忙しく立ち働く彼に、俺は声を掛けた。

「おはよう……ジェネシス。昨夜はきちんと眠れたのであろうか?」

 見ればほとんど朝食の支度は済んでいて、俺が手伝えるのはテーブルメイクくらいであった。

 ……もっと早く起きてくればよかった! 

「フフ、ひとつ屋根の下で君が眠っていると思うとね…… 実はドキドキしてしまって、なかなか寝付けなかったんだ。今朝の目覚めはよかったんだけど、もっと早く君の手伝いにくるべきだった」

「え…… いや、朝食は簡単なものだし…… そんな気遣いは……」

 困ったような微笑を浮かべる女神。

 ああ、『女神』という呼称は、俺が勝手にそう呼んでいるのだ。

 彼と初めて出逢ったのは、ニブルへイムの神羅屋敷だった。黒曜石の棺で眠っていた彼の姿に、俺は一目で恋に落ちた…… 

 その姿が俺の夢想していた『女神』そのもので、迷うことなくその名で呼んでしまうのだ。

 

 おまけに『朝食は簡単なもの』と謙遜するが、テーブルに並びつつある料理は、どれもこれも食欲をそそる素晴らしい出来映えで、感嘆のため息が出てしまうほどだ。

 今朝は洋食だ。

 白身魚とキノコのムニエル、アスパラガスとトマトのサラダ、ビーフグラタンにバタール。他にもシンプルな素揚げや、生ハムを添えた刺身などが綺麗にデコレーションされている。

 朝っぱらからずいぶんなごちそうだと思うのだが、ここの家の者たちはあっという間に食べ尽くしてしまうらしい。もちろん、女神の料理の腕が相乗効果となってのことだろう。

 

 

7:45

 

「ふあ〜ぁ ……ああ、なんだ、おまえやっぱり居たのか……」

 寝ぼけ眼のセフィロスが、俺を一瞥すると、気怠げにソファに転がった。

 バスルームでシャワーを浴びてきたばかりなのだろう。真新しいローブに、水気を含んだ長い銀の髪がキラキラ光っている。

 ……姿形だけをいうのなら、彼など十分に『美人』なのだが、何にせよ行動や物言いが荒っぽい。

「あ……セフィロス…… お、おはよう!」

 いかにも頑張って元気にあいさつするヴィンセント。なんだかセフィロスがうらやましくなる。

 しかも当のセフィロスは、

「ああ……」

 と言ったきり、ヴィンセントを見もしないのだから。

「みゅんみゅん!」

「ああ、おい…… よせ……」

「にゅん! にゅんにゅん!」

「チッ……」

 ソファで新聞を眺めるセフィロスの腹に、子猫のヴィンちゃんが駆け上っていった。

 風呂上がりだから暖かいし、彼は体格がいいから子猫も安心するのだろう。面白いことにセフィロス本人は、鬱陶しげに舌打ちするものの、チビ猫を邪険に払い落とすようなことはしない。

 腹と新聞紙の上でじゃれて転がる小さな身体が、こぼれ落ちないように注意しつつ紙面を追っているのだ。

 

「あのチビちゃん…… ヴィンちゃんだっけね。ずいぶんとセフィロスに慣れているんだな」

 そんなふうに話しかけると、女神は色味のない頬を淡い桜色に染めて嬉しそうに頷いた。

「ああ、そうなんだ…… クラウドが拾ってきた子なんだが、セフィロスにとてもなついている」

「みたいだね。意外だなァ」

「そうだろうか……? きっと動物には安心できる人、守ってくれる人が、自然にわかるものなのだと思う。セフィロスはとても気持ちのやさしい人だから……」

 ヴィンセントはそういうとセフィロスを、食事の用意が調ったテーブルに促した。

 もちろん大声で呼んだりしない。わざわざ彼の側まで行って声を掛けるのだった。