〜 ジェネシス逗留日記 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
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 ジェネシス
 

 

12:30

 

 玄関を開けて、『ただいま』と、声を掛ける前に、扉が開かれる。

 きっと、車の音を聞きつけて、俺たちの帰宅に気付いたのだろう。

「おかえり、ふたりとも。お疲れさま……」

 やわらかな声が俺たちを出迎えてくれる。俺の女神はあまり表情の変わらない人だが、しばらく側にいたなら、彼なりの感情表現が読み取れるようになる。

 今はやさしい声と同様に、ノーブルな面持ちの中にも、淡い微笑みが見て取れるのだ。

「あぁ、疲れた、疲れた! 暑い暑い!」

 セフィロスは俺を押しのけるように家に上がると、聞こえよがしの大声を張り上げる。

 まったく、これではやっていることはチョコボたちと変わらないではないか。

「冷たいものを用意してあるから。ああ、荷物は私が……」

「いいから。キッチンに運べばいいんだよね」

 セフィロスがほっぽり出していった荷物もまとめて、抱え上げると、少し驚いたように、女神が俺を見上げた。

「ジェネシスは……力持ちなのだな……!」

「アハハハ、見直したかい?」

「あ、いや、もちろんソルジャークラス1stだった人なのだから、腕力も相当なものだろうと思ってはいたのだが……」

「君に誉めてもらえるなら、こいつらを持ったままランニングだってできるだろうさ」

「ふふ、君は面白い人だな……」

 と、なんとも判じがたい評価を女神からいただいたわけだが、笑顔が見られたのでよしとする。

 買い物の荷物を指定の場所へ置くと、彼がアイスティーを運んできてくれた。

 セフィロスはというと、もうソファで寝転がっている。

「はい、ジェネシス。暑かっただろう。お疲れ様」

「ありがとう。あ、そうそう、果物屋のミセスがサービスしてくれたんだよ。君は本当に人気者だね」

「え……あ、い、いや、そんなことは……買い物に行く機会が多いからだと思う。ああ、石榴だ……」

「うん、セフィロスがグレープフルーツが欲しいと言ってね。買ったらおまけしてくれたんだよ」

「こんなにたくさん?」

「そうみたいだね」

 彼は丁寧に石榴を袋に戻すと、キッチンへ戻っていった。

 

 

13:00

 

 彼はそのまま昼食作りに入る。

 俺も手伝いを申し出ようと思ったのだが、昼前に干した洗濯物がもうカラカラに乾いているはずだ。

「ヴィンセント、干し物はもういいだろう。取り込んでくるから」

「あ、い、いや、そんなこと、昼の後で私が……」

「俺はハウスキーパー補助なんだから、遠慮無く使ってくれよ」

 いつまでも問答が続きそうだったので、それ用に用意されていた籐の籠を抱えてさっさと表に出た。

 午後に入ってから、太陽はますますまぶしく輝いている。

 

 

13:10

 

  ああ、ここはなんて日差しの強い世界なのだろう。

 いや……世界などという言い方は、おおげさなのだろうか。

 神羅の実験体となり、暗鬱な日々を送っていた時間を考えれば、今の俺はまるきり別人のようだ。

 想いを寄せた人の側で満ち足りた日々を過ごすとき、ようやく本当の意味で、生あるものを素直に愛でることができるのかもしれない。

 この家に住まう人たちはいわずもがな、今は路上に咲く花さえ愛おしく感じる。

 

 ヴィンセントの存在を、ネロから聞かされたとき、俺は迷わずコスタ・デル・ソル行きを決めた。瀕死に陥った私を救ってくれた、彼らへの恩もあった。

 だが、それより何より、ずっと想い続けていた人と逢って、言葉を交わしたかったのだ。

 もしそうしたなら、恩人である彼らから与えられた使命を果たせなくなると、うすうす気付いていながらも。

 

 

13:30

 

「……シス? ジェネシス……?」

「え、あ、ああ、失敬、女神」

 側近くで声を掛けられて、ハッと意識を現実に戻した。

 ここしばらく物思いに耽るヒマもなかったせいか、ついうっかりとしていた。

「食事の支度ができたから……声を掛けたのだが……」

 ひどく申し訳なさそうに、ヴィンセントが言う。

「あ、ああ、そうかい。こっちも仕事完了だよ」

 わざと茶目っ気たっぷりに、籐の籠に山と積み込んだ洗濯物を見せたのだが、彼のおもては晴れなかった。

「あの……ジェネシス……?」

「ん? なんだい? ああ、ここは日差しが強いから、中に戻った方がいいよ」

「あ、ああ……でも……その……」

 室内にはセフィロスが寝転がっている。多少彼へのはばかりがあるのか、女神は部屋の中を気にする素振りをした。

「女神、ほら、行こう?」

「あのッ、ちょっと……待ってくれたまえ。 ジェネシス、君はなにか思い悩んでいることはないだろうか?」

「……え?」

「君は人一倍、他人に気を遣う人だから……」

 いやいや、それこそ君のことだろう、女神。

「君の心を推察できるほど、私は気の利いた人間ではないし…… あ、あの、もし私にできることがあれば…… 悩みは口にするだけで、ずいぶん楽になるというし…… 一応、私のほうが年長なのだし……」

「ありがとう。君は本当にやさしい人だね。ああ、俺はやはり見る目があるんだなぁ」

「ジェ、ジェネシス……冗談ごとではなくて……」

 まだ、話し足りなさそうな彼を宥め、俺たちは室内に戻った。

 今時分の日差しは強烈だし、そもそも彼は、昼食の支度ができたと呼びに来てくれたわけなのだから。