〜 もう二度と恋なんてしない 〜
〜 FF7 〜
<1>
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

 ニブルヘイムの天は高い。

 鉛色の空の向こうには、地面に突き立てた氷の剣のようなニブル山が見える。

 コレル地域と隣接したこの土地はアイシクルエリアなどとは異なり、それほど寒冷な地域ではないはずだが、土地柄というものなのだろうか。

 今、俺たちの目の前に現れた景色が、吹き抜ける風を余計に寒々と感じさせるのだ。

 

「……ティファ、大丈夫か?」

 俺は隣に佇む、幼なじみに声を掛けた。

「平気。それより、しなきゃいけないことがあるもの。がんばろう、クラウド」

「ああ」

 俺は短くそう応えた。

 ……やっぱ、女って強い。

 セフィロスの手がかりを得るために立ち寄ったとはいえ、俺は未だに落ち着かない気分になる。

 あのときはソルジャーとしての仕事で、この場所にやってきていた。

 セフィロスの異変を感じてはいたものの、俺にはどうすることもできなくて……つらかった。

 そして深夜、宿屋の窓から真っ赤な炎に包まれた地獄絵図を見ることになったのだ。

 村の人たちが、消し炭のように黒こげになって、井戸の側に倒れ伏していた。俺の生まれ育った小さな家も、炎と黒煙に取り巻かれていて…… 慌てて飛び込んだけど、母さんは……もう……

 

「……おう、おまえのほうこそ大丈夫かよ、クラウド」

 普段は無神経のくせに、ときたま妙な気遣いをするシドが、顔をこちらに向けずに声を掛けてきた。

「大丈夫だって。……とりあえず、宿に行って休憩しよう。メシもまだだしな」

 すでに陽が傾き始めた山の向こうを眺め、俺は皆に声を掛けた。

 基本的には車とバイクでの移動だから、荷物の大半はそちらに置いていける。

 探索に必要な武器や、当座の着替えを用意して、俺たちは村にひとつしかない宿屋に足を運んだ。

 

 ……一軒しかない宿屋。

 

 もちろん、あのとき泊まったのもこの宿だ。

 セフィロスが居て……同期の連中も何人か居て……

 

 そうだ。

 こんなふうに、受付を通す必要もなかった。

 なぜなら、事前にカンパニーのほうで、部屋を押さえていてくれたから。

 神羅の名を出しただけで、あっさりと部屋に通された。階段を上って…… 田舎町のくせに、宛がわれた部屋は十分重厚なつくりで品があり、少々驚いたくらいだった。

 子供の頃は、ただの古くさいだけの宿屋だと思っていたからだ。

 

 

 

 

 

 

「……この部屋」

 足を踏み入れかけた一室に、躊躇してたじろぐ。

 この部屋の窓から、夜目にも美しい紅蓮の炎を眺めたのだ。古い宿屋の中でも、広めの一室には、ベッドが四つ並べられていた。

「別にここでなくてもいいんだぜ? この時期、客はひとりもいないらしいからな。二階の東側の部屋ならどこでも使ってかまわないってよ」

 バレットの言葉に救われる。

 ティファとエアリス、ユフィの三人は、ナナキも一緒ということで、早々に手前の四人部屋に決めたらしく、すでに姿はない。

「あ、ああ。そうだな…… ちょっと疲れてるから……向こうの部屋を使わせてもらう」

「おう、きっと他に客なんざ来ないだろ」

「そうだな。こんな辺鄙な場所……観光客が来るわけでもないし」

 ぼんやりと俺は応えたが、バレットは嫌みに取ってしまったらしい。

「ああ、いや、そういう意味じゃねぇさ。いいじゃないか、田舎上等。ミッドガルの毒々しさに比べれば、それこそ心が洗われるようだ」

 あわてて、言葉を重ねる様がなんだか申し訳なく感じた。おまけに『心が洗われる』などという、彼に似つかわしくないセリフに、思わず苦笑が漏れる。

「……あんまり気使うなよ。ちょっと疲れたから、先に休んでくる」

「そうしろ。どのみち、今日はもう陽が落ちるし、神羅屋敷を調べるのは明日のほうがいいだろう?」

 バレットの言葉に頷き返しながら、つくづく今日は彼の発言に救われたと感じる。

「そうだな。モンスターもいるだろうし、夜間はうかつな行動をとるべきじゃない」

 シドも頷く。ナナキが下から心配そうに顔を覗き込んできたが、俺はそれに何とか微笑み返した。

「おーう、じゃ、とりあえず解散な! 晩飯は各自きちんと食えよ!」

 今回ばかりはと、シドとバレットがちゃっちゃっと物事を進めてくれる。

 本来ならリーダーの俺が、皆の健康状態や、ストレスに気を配ってやらなければならないのに……

 軽い自己嫌悪に囚われつつ、宛がわれた小部屋に荷物を下ろす。

 食事に行く気にもなれず、せめてさっぱりとした気分になりたくて、シャワーを浴びることにした。