〜 もう二度と恋なんてしない 〜
〜 FF7 〜
<14>
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

「髪よーし! 顔よーし! 身体よーし!」

 パシッパシ!と、『よし』と確認された部位を叩いてゆく。

 ちなみに今、居るのは、ヴィンセントの眠っている先ほどまでの部屋ではない。

 

 俺は陽の昇らぬうちに起きだした。もちろん、ヴィンセントを起こさぬよう細心の注意を払ってだ。

 客の居ない宿屋を良いことに、早々に部屋を出て、村の周囲を一走りしてきたのだ。

 昨日の俺はダメダメだった。

 ニブルヘイムという土地のプレッシャーに負けて、グダグダな精神状態のまま、仲間を危険に晒しもした。くだらないことで八つ当たりをしたり、心配してくれるティファを邪険にしてしまった。

 数え上げていけばキリはないが、極めつけはやはり、初対面の麗人を相手に泣きじゃくったことだろう。

 これまで堰き止めていた感情が、なぜかあの人に触れられたときに爆発してしまったのだ。子供のようにただひたすら彼の胸で声を立てて泣いた。

 ヴィンセントはそんな俺にずっと付き合ってくれた。

 しゃくりあげながら謝罪する俺に、謝る必要はないと宥め、人が涙を流すのはあたりまえだとずっと髪を撫でてくれた。

 

 ようやく落ち着いた後、俺はひどく満たされた心持ちになっていた。

 延々と涙を流し、我慢していたものを吐き出したせいなのだろうか。

 これまでずっと心の奥底でくすぶり、何かあると瘧のように熱を持ってこの身を苛んできた破片のようなものがずいぶんと融解したような気がする。

 何年も抱え込んでいたこと……ここ数年で忘れられなくなってしまったこと……

 もちろん、記憶が消えたわけではない。

 だが、胸の奥が定位置だったそれらが、なにかの箱にきちんと整理し安置され、

『これはもう開けなくていいよ。でも君の一部だからね。大事にとっておこう』

 そう定められたような気になったのだ。

 

 またヴィンセントに対しての感情も、気恥ずかしさはあったが、まったく別の感情をも抱いていることに気づいた。

 

 矛盾しているかもしれないが、最初に一番弱いところ、ダメなところを見られてしまったせいなのか。

 一夜明けた、今の俺は、彼に誰よりも頼りにされたいと強く願っていた。

 陽の出る前に目が覚めたのも、その決意を無意識に口にしたことによってだ。

 ヴィンセントに頼りにされたい。彼を守れるほど強くなりたい。

 

 もし、ヴィンセントに何かつらいことがあったとしても、『俺が居れば大丈夫』だと思ってもらえるほどに。

 早朝からの全力疾走でのランニングを終え、俺はすでに今日、二度目の風呂場で決意を新たにした。

 今度はしっかり湯船に浸かり、覚悟の程を口に出して唱え、しっかりと心に刻みつけるのだ。

「ひとつ! ニブル山では誰よりも多くモンスターを倒す!」

「ひとつ! ヴィンセントが疲れていそうだったら、俺が背負う!」

「ひとつ! 野宿では俺が火の番をする!」

 ひとつ!ひとつ!……またひとつ!

 

 ……と誓いを述べている俺はテンションMAXだ。

 もう昨夜の俺ではない。

 今日この日からは、ヴィンセントに頼られ、彼をこそ守ることの出来る強い戦士に……新生クラウドに生まれ変わるのだ!

 

 

 

 

 

 

「……ゆっくり飲め……急に身体を冷やすのはよくない」

「うん……あの、ゴメン」

「額のタオルを取り換えよう。ああ、身体のほうはそのままに」

「おい、ヴィンセントよォ! 手っ取り早く氷でもぶちまけてやりゃいいんじゃねーのか?」

「シド……一度に体温を下げては心臓に負担がかかるのだ」

「あ〜、言われて見りゃそれもそうだな」

「クラウド、濡れタオルのほうが心地よかろうが、もうしばらく我慢してくれたまえ。徐々に呼吸も落ち着いてきた。シド、そのまま扇いでやってくれ」

「へいへい。仰せのままに」

 

 ……ここまでの会話でお察しの通りだ。

 どうして、俺というヤツはこう……

 普段はこうもヘマを重ねないのに……どちらかというと無口で無愛想な行動型リーダーであったはずなのに、ヴィンセントに出逢った昨日から、一方的なポカ続きだ。

 

 今もまた、新生クラウドとおのれへの誓いを新たにしていたところ、新生クラウドどころか、茹でクラになってしまった。もともとのぼせやすい体質だと自覚していたのに、ヴィンセントのことを考えていたらこのザマだ。

 今は大浴場という名の共同浴場の脱衣室のベッドに横たわっている。

 湯に沈んでいた俺を、オッサン流早起き主義のシドが見つけ、慌ててヴィンセントを呼びに行ったらしい。

 せめてそこでヴィンセントでなく、同室のバレットを……と言いたいところだが、やはりこの場合、ヴィンセントが適任だったのだろう。

 こうして介抱してくれている彼の手際は、自信に満ち安定していて、非常に速やかなのだ。

 

 俺がはっきりと意識を取りもどしたのは、ここに寝かされ、ヴィンセントがシドに指示を出してあれこれと手当をしてくれている最中だった。

 

 すべての常ならぬポカ行動がヴィンセントゆえにであるのだが、それを自覚しているのは俺だけで、当の本人にはなにも知らず、ただ面倒な同行者の世話をしているだけなのだろう。

「愛想つかされるよな……」

 言葉に出したつもりはなかったのだが、つぶやきになっていたらしい。

 濡れタオルを額に掛けていたせいか、側に誰もいないとも思っていた。

 だが、その一言は、一番聞かれたくなかった人の耳に入ってしまっていて……

 

「大丈夫だから……つまらないことを考えず、静かにしていなさい」

 と、叱られた。