〜 もう二度と恋なんてしない 〜
〜 FF7 〜
<27>
 クラウド・ストライフ
 

 

 

「おかわり! バスケットごと持ってきて!」

 俺は勢いよく、ウェイトレスのお姉さんに声を掛けた。

「……若いというのは素晴らしいことだな」

 とっくに食後の茶を味わっていたヴィンセントが、声音にだけ笑みを乗せて、低くささやいた。

「ヴィンセント、もういいの? ここ、パンとスープはフリーなんだから、もっと食べればいいのに!」

「……いや、十分だ。それより、私の好みに付き合わせてしまってすまない」

「ううん、全然問題なし」

 山盛りに盛られた籠の中から、八つ目のパンをとりだし、さっそくバターを塗る。

 トッピングは様々なジャムにチーズが自由に使えるし、おかわりしたオニオンスープに浸して食べるのも悪くない。

「メインのチキンカツとハンバーグも美味しかったしね。後はパンとスープで十分」

「そ、そうか……」

「ヴィンセントこそ、ほうれん草のリゾットしか食べてないじゃん! そんなのでよく満足できるね?」

 嫌みではなく、心底そう感じて口にした。

 いかにも女性向けというリゾットは、色とりどりで美しくはあったが、腹に溜まる分量には見えなかったし、コースの前菜といわれても頷ける程度なのだ。

 細身とはいえ、大の男が朝から何も食べていないのに、おかゆ一杯で満足というのが信じられなかった。

 

「……いや、スープも飲んだので……」

「パンは? パン食わない? いっぱいあるよ」

「いや……それは。クラウドが食べたまえ」

 ヴィンセントは小さく手を振って、紙ナプキンを口元に宛てた。

「もう! ホントにヴィンセントって小食だよね。俺、心配になるよ」

 そう言った俺に、彼はため息混じりにつぶやいた。

「いや……むしろ、私から見れば、その身体のどこに入っていくのかと…… ああ、おまえくらいの年頃の男子は、ずいぶんな分量をたいらげられるのだなと感心した」

「俺くらいの年って……ヴィンセントだって、そんなに年上ってわけじゃないでしょ? どう多く見繕っても、三十手前くらいなんじゃないの? ま、ヴィンセントって、整いすぎてて年齢不詳みたいな部分はあるけど」

「え…… あ、いや……」

 口ごもった彼に、俺は尚も言い募った。

「でも、シドやバレットより、年下なのは見ればわかるし、だったら、もう少し食事の量だって……」

「いや……その…… 確かに……私は幼少の頃から小食だったようだ」

 ヴィンセントは曖昧にごまかした。

 俺の問いかけが、ヴィンセントにとって、いかに残酷なものであったかを知ったのは、もっと後でのことだった。

 

 

 

 

 

 

「さてと、お腹いっぱい! ふぁ〜あ、腹がふくれたら、なおさら眠くなってきた」

 げんきんな俺の言葉に、ヴィンセントは淡く微笑んだ。

「じゃ、部屋戻ろうか。ヴィンセントも疲れてるだろ?」

「あ、ああ。クラウドは先に帰っていてくれ。私は……ちょっと……」

 言い淀んだ彼に違和感を感じた俺は、すぐさま問い返した。

「なに? どっか行くところがあるの? まさか、ひとりで帰っちゃうとか無いよね!?」

「……いいかげんにしたまえ。そんな不義理をするはずがなかろう」

「冗談だけどさ…… でも、なんか不安なんだよ。一緒に旅をするようになってから、ずっと思っていたんだけど、ヴィンセントって自己主張することがほとんどないだろう?」

「…………」

「たまに意見を述べたとしても、『自分がこうしたい』っていうよりも、パーティのみんなのことを考えると『こうすべき』ってな話ばっかじゃないか」

「いや……それは……あたりまえのことだと……」

 少し怒ったように言った俺に、彼は困惑の表情をつくった。

「ありまえじゃないよ。そりゃ、指針を決めるときに、皆のことを慮って意見するのは当然だと思う。一応、俺もそうしているつもりだしな」

 ヴィンセントは先を促すように頷いた。

「でも、旅っていつもいつもそんな場面ばかりじゃないだろう? どこの宿に泊まるかとか、食事はどうするかとか、野宿の火の番はどうするか……とかさ。むしろそういった日常の連続で成り立っているじゃないか」

「ああ、まぁ、それは……そうだな。そういう日々を重ねて、こうして進んできたのだからな」

「でしょう!? でも、そういった『日常』においては、ヴィンセント、ほとんど希望を口にしていないんだよ? 俺たちが頼んで一緒に来てもらったんだから、本来、アンタはもっと自己主張していいんだ」

「……クラウド? 何を苛立っているのだ?」

「苛立ってないよ……アンタに文句つけるのはお門違いだと思うんだけど…… せめて俺にくらいは我が儘言ってよ。何かしたいことがあるんなら、付き合わせてくれよ」

 食事のときに軽く飲んだビールのせいだろうか。

 ついつい激しい口調で、ずっと気になっていた彼の態度に言及してしまった。決してヴィンセントを責めているつもりはないのだが、俺の物言いは十分彼を困惑させるものだったのだろう。

 ヴィンセントは困ったときのくせで、指先を口元に宛て、わずかに首をかしげていた。

「……ごめん、なんか八つ当たりみたいな言い方になっちゃった。俺、酒弱いんだよね。ティファなんかは酒豪なんだけどさ…… つい……」

「いや……ずっと気を遣ってくれていたのだな。おまえの心遣いに感謝する」

 真正面から礼など言われてしまい、非常にバツが悪い。

 

「……お礼言ってもらうようなことじゃないんだけど」

 少し間を置いて、俺はため息混じりにそう言った。すると、驚いたことに、おずおずとヴィンセントが口を開いた。

「では、クラウド。その……非常に言いにくいのだが、ひとつだけ希望を口にしてよいだろうか?」

 普段、能面のように表情の無い人だから、そんなふうにかしこまって照れているさまは、俺の目にドキドキするほど新鮮に映った。

 それこそ、俺は一も二もなく、彼の希望を叶えようと勢い込んだ。

「なに? あるんなら、早く言ってくれればいいのに! 俺、アンタのためなら、大抵のことはしてやれるよ!」

 『アンタのためなら』なんて、まるで恋人に告げるような言葉だ。

 そんなことを、頭の片隅で考えつつ、俺は尚も言い淀むヴィンセントに詰め寄った。

「その…… 私と同じ男子であるおまえに、このようなことを頼むのは気が引けるのだが…… だが、ひとりでというのも、おかしい気がするので……」

「前置きはいいから! ほら、言って言って! 早く言って!」

「では……クラウド…… 私の頼みというのは……」

 ヴィンセントの『願い事』を聞いた俺は、吃驚すると同時に、いささか気が抜けた。

 これほど、もったいぶるのだから、それなりに難易度の高いことかと思っていたのだ。