〜 子猫物語 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<1>
 
 ヤズー
 

 

 

 

 

 

「みゅ〜ん、みゅ〜ん、にゅんにゅん!」

「ヴィンセント、おかわりッ! おい、ちょっと、ヴィン! 今、忙しいんだから」

 兄さんは慌てて三杯目のメシを掻ッ込んだ。

 南国、コスタ・デル・ソルは朝が早い。

 さんさんと降り注ぐ太陽の光が、すぐに眠気を払ってくれるのだが……我が家のネボスケ大王の兄さんは、今朝もギリギリだ。

 

 今日の朝食は和食である。

 ヴィンセントの作る飯はとても美味しいのだろう。

 みんなあたりまえにおかわりをするし、兄さんに至っては時間がないにもかかわらず、早くも三杯飯だ。

 そうそう、ここのところ俺の都合でメニューは和食にしてもらっている。

 ……ダイエットという名目で。

 つまり、カロリーが少なく、腹こなしの良い食事になっている。俺やヴィンセントはこういうあっさり系が好きなのだが、兄さんやカダたちにはやや物足りないのかも知れない。

 育ち盛り(?)の兄さんだと、思いきり詰め込んでいかなければ、昼間でもたないらしいのだから。

「クラウド、ほら……消化に悪いからゆっくり食べなさい」

「だって、時間ないんだもん! ヤズー、チビッコ向こうにやってよ!」

 立ち上がってお茶碗を受け取った兄さんの足に、子猫のヴィンがじゃれつく。

 彼が拾ってきたヴィンセント似の黒猫は、遊びたい盛りの子猫なのだ。寝ているときや食事をしているときくらいしか、静かにしてはいない。

「にゃうにゃう!」

「あー、ほらほら、ヴィンちゃん。いい子だね。兄さんは寝坊して配達遅れちゃいそうだから、気が焦っているの。尻尾踏まれたくないなら、向こうに行ってな」

 俺はちょこまかと動く小さな身体に声を掛けた。抱き上げてやればいいんだろうけど、朝の食卓はけっこう忙しいのだ。

「にゅ〜にゅ〜……」

「もう、ちょっ、ヤズー! フォロー入れろよな!」

「ふふふ、はい、兄さん、お茶」

「にゅ〜……」

 邪険にされたせいか、不服そうに子猫が鳴く。

 だが、それにかまうこともなく、兄さんはものすごいスピードで食事を終えると、ヴィンセントにチュッとキスをしてすっ飛んで出ていった。

 後、十分早く起きれば、仕事に出るまでの時間、ゆったりと過ごせるのに……

 

 

 

 

 

 

「にゅ〜……にゅ〜……」

「あ、ああ、ヴィン、すまないな。おまえの食事がまだだったか……もう少し待ってくれるか?」

 ヴィンセントが子猫の額を撫で、やさしく語りかける。そしてその後で、動物を触った手をきちんと洗うのだ。こういう気遣いの細かさが、俺とヴィンセントの最大の相違点とも言えるだろう。

「みゅぅ〜……」

「おい、チビ! こっちにこい」

 いつものようにソファで寝転がっているセフィロスが、そのままの姿勢を崩すことなく、ヴィンを呼んだ。彼の食事はもう済んでいるのだ。

「みゅんみゅん!」

「しかたねーだろ。しばらくこっちで遊んでいろ」

 セフィロスは、ヴィンに向かって、人間の子供に言うような物言いをする。

 そして、不思議なことに、子猫のほうも、彼のいうことは聞くのだ。

 ヴィンセントが言うには、セフィロスは家に居ることが多いし、兄さんやガキんちょどものように、気分でいじりまわしたりしないせいだろうということらしい。

「うみゅ〜うみゅ〜」

 ヴィンは、「苦情を申し立てる」といった雰囲気で、こっちに向かって低く唸ると、ちょこちょことセフィロスの方へ歩いていってしまった。

 呼んだからといって、積極的にかまってやるワガママ大魔王ではない。

 だら〜っとだらしなくソファに寝転がったまま、新聞を眺めているだけだ。

 その足元までいくと、子猫は「えいっ!」とばかりに、セフィロスに飛び乗った。いや、正確にはセフィロスが呼んでいた新聞を踏みつけて、彼の腹に、だ。

「にゅんにゅん!」

「チッ……おい、そこだと、読みにくいだろ。こっちに回れこっちに。おら、足どけろ!」

「みゅん!」

 物言いはひどく煩わしげだが、邪険に払ったりしないのが、俺にはなんとも不思議に思える。もっとも、ヴィンセントにいわせると、「ちゃんと優しい人の見分けがつけられるのだ」ということになるらしいが、いまいち納得できないのは口に出さないでおくことにした。

「ヤズ〜、ヴィンセント〜、洗濯物干し終えたよ〜。あー、疲れたびー」

「疲れたびー」

 最近は、本当によく手伝いをしてくれるカダージュとロッズが、庭からこちらを覗き込んだ。

「ありがとう、ふたりとも。食事の仕度ができているから、手を洗ってきなさい」

 ヴィンセントが声を張り上げる……ことはなく、わざわざ居間を通り抜けて、中庭につづく窓まで歩いていってそう促した。

「はぁい!」

「はーい!」

 ってなカンジで、朝は、どうしても忙しいのだ。

 

「ヤズー、おまえもそろそろ食べたらどうだ……? 急いで食事をするとかえって太るというらしいから……」

「やだァ、もう、ヤなこと言わないでよー、ヴィンセント」

「あ……い、いや、失敬。私はまったく気にする必要はないと思うのだが……」

 我が家の中で、だれよりも「気にする必要がない」ヴィンセントに言われてもね……

 そんな思いが顔に出てしまったのかもしれない。

 ヴィンセントは、わずかに逡巡した後、口を開いた。

「ええと……その、ヤズーはもとから細身なのだし、あまりにも貧弱な体型の人間は魅力に欠ける……自戒とともにそう考えるのだが」

「ふふふ、はいはい。ありがと、ヴィンセント。ま、ここんとこ、和食だしねー。摂取カロリーより消費カロリーが少なすぎるっていうのが、問題なのかもしれないけど」

 この前のような事件があれば、さんざん暴れることはできるものの、やはりああいったことは本来あるべき事柄ではなく……従って、我々の求める日常生活というのは、安寧につつまれた穏やかな日々なのだ。

 そうなれば、当然、冷や汗かいて動き回ることも少なく……

 つらつらと日常を懐古していると、カダージュとロッズが居間に戻ってきた。

「いっただきま〜す!」

「いただきまーす!」

 と、元気な声に合わせて、食事をし始める。

 もちろん……というか、しかるべきというか、彼らふたりの食事量もすごいのだ。

 ロッズはまぁ、体格から考えても、妥当な分量なのかも知れないが、カダージュも本当によく食べる。

 わかりやすい例でいうのなら、『スープとしてのラーメン、メインディッシュのハンバーグをそして野菜丼をライス&サラダ代わりに食べる』といったカンジである。

 特に、兄さんたちのこの家に来て、皆で一緒に生活するようになってから。