LITTLE MERMAID
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<1>
 ヤズー
 

  

「ああ、青い空、白い雲…… 南海クルーズってサイコー」

 甲板に置かれたテーブルで、トロピカルドリンクを飲みながら、お約束のセリフを口にしてみた。

 おっと、俺はヤズー。ストライフ一家のマネージャー的立場とでもいえば、わかりやすいだろうか。計算ごとが大の苦手の兄さんと、その恋人でお人好しのヴィンセントでは、なかなかあの家は立ちゆかない。

 そこで、居候の身をもってして、さまざまな事柄をマネジメントさせてもらっている。もちろん、偉そうに言うことではないが。

 

「ヤズー、ここにいたの」

 声を掛けてきたのは、最愛の弟、カダージュだ。

 品のいい半袖のシャツに、ハーフパンツという格好が、さらにこの子の魅力を高めているといえるだろう。

「ああ、カダも座ったらどうだ? ほら、ジュースもあるぞ」

 俺はにこにこと機嫌良くそう言った。

「ヤズーはのんきだなぁ。あっちのグループの女の人たち、みんなヤズーに声を掛けたそうにしていたよ。向こうの男の人たちだって、ちらちらこっち見てるし」

 憮然とした面持ちでカダージュが言った。そんな顔も、たいそう可愛らしい。

「そんなの気にしなければいいんだよ。せっかくのクルーズなんだから、カダももっと楽しんだらどうだ」

「うん、もちろん、楽しいよ。家族みんなで、こうしてクルージングできるんだから」

 

 そう、もとはといえば、いつも行くショップでの懸賞で、カダが『当たり』を引いたのが発端だった。ペアでの豪華客船の南海クルージングである。

 お約束のように兄さんが、あくまでも自分とヴィンセントとが一緒に行ってくるといって聞かなかったが、それなら、一家総出でと提案したのは、当のヴィンセントだった。

 なにより、当たりくじを引いたのは、カダージュだったし、兄さんもそこは素直に歩み寄ったのである。

 

「でも、一週間も海ばかり眺めてるのって、退屈。兄さんはヴィンセントべったりだし、セフィロスは寝ころんでいるだけなんだもん」

 こうして多くの時間を持て余したときほど、それぞれの個性が出るというものだ。

 仕事抜きの兄さんは、最愛の人にかまけてばかりいるようだし、面倒くさがりのセフィロスが、ごろごろしているのは至極当然だと思われる。

 俺は俺で……そう、弟のカダージュが楽しんでいてくれれば、それでいいと思うのであった。

 

「わっ、けっこう揺れるね」

 立って話をしていたカダージュが、テーブルに手をついて踏ん張るような格好になった。俺はロングチェアに身を横たえていたので、それほどには感じない。

「大丈夫か、カダ。日が暮れてきて、少し波が高くなってきたかな」

 身を起こして弟の手をとると、となりのチェアに座るように促した。

「大丈夫だってば。ヤズーと一緒にいると、いろんな人に見られて照れちゃうんだよ」

「それは俺じゃなくて、カダが可愛いからだろ。知らない人に声を掛けられても付いていってはダメだぞ」

 念のためにそういう俺に、カダはさもおかしそうに笑うと、

「もう俺だって子どもじゃないんだからね」

 と言うのであった。

 

 

 

 

 

 

 異変が起こったのは、夜半過ぎだったと思う。

 船がギィィと音を立てて、不自然に傾いだのである。

 夜に掛けて、風が大分強くなっていたことから、どうやら嵐に巻き込まれつつあると感じていた。もっとも、この大きさの船なのだ。多少の悪天候であっても問題はないと考えていた。

 俺はテーブルの上に置いておいたグラスが、パンと砕けた音で目を覚ました。

「……ヤズー、起きているのか?」

 ガラスの破片が危険なので、すぐに取り片付けようとベッドから起き上がったときに、声が掛けられた。

「ヴィンセント?」

「あ、ああ、ずいぶんとひどい揺れだ」

 と、彼が言った。

「なぁなぁ、まさか、これ沈んだりしないよな」

「兄さんも起きてるの?」

「あたりまえじゃん、こんなに揺れてるんだもん。俺、乗り物酔いしやすいからさ〜。爆睡してんのはセフィくらいじゃないの」

 と、さも呆れたというように、兄さんが言った。

 俺たちは六人部屋を取っているわけだが、なるほどセフィロスの声だけはしない。

 その間にも、船がギィィィといやな音を立てて傾いでいく。

「ね、俺、割れたグラス片付けるから、みんなとりあえず、救命胴着だけは準備して」

「え〜、さすがにおおげさじゃない?」

 と兄さんは言うが、俺の勘は、よくないことだけ当たるのだ。

 グラスを片付けるため、起き出してきたはいいものの、あまりにも船が傾いでいるので、要領よくいかない。

 この傾き方は明らかにおかしい。

 電気を点けようとしたが、スイッチを押しても点灯しないのだ。

 ……電気系統がやられてる……? まさか浸水したというのか?

 

 そう思ったときだった。

 ドォンと巨大な太鼓を打ち付けるような音が響くと、船の傾きがより一層激しくなった。

「みんな、救命胴着、身につけて!」

 俺は大声でそう言ったが、その声さえ、夜の闇と激しい衝突音の中に飲み込まれていったのであった。