LITTLE MERMAID
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<3>
 ヤズー
 

  

 

「……驚いた!」

 俺は彼女を一目見て、セフィロスが彼女の姿を急いで追っていた理由がわかった。

 海で溺れた俺たちを救い、今また人ひとりを、浜辺に抱き上げたその女性……その人は、『人魚』であったのだ。

 足は無く、腹の下から美しい宝石のようなウロコの並んでいる、人ならざるものであった。

 彼女は俺たちが側に駆け寄ると、驚いた様子で海に逃げようとした。

「待って!」

 慌てて声を掛ける。

「何もしないよ。それより俺たちを助けてくれたのは君なんでしょう? どうしてもお礼を言いたくて……間に合って良かった」

 月の光に雲がかかっていて、彼女の顔ははっきりと見えない。

 ただその美しい白い肌と、銀に輝く長い髪が、その美しさを伝えている。

「君に何かお礼ができればいいんだけど……みんな流されちゃってね。ここってどのあたりなんだろう?」

 彼女は首を傾げると、聞き慣れない島の名前を口にする。

 

「……セフィロス、知ってる?」

「いや、わからんな。そもそも何だか抜本的におかしくないか?船はどこに流されたんだ?それと他の乗客は……? あれだけいたんだ。他にもここに流れ着いていたとしてもおかしくないだろう」

 セフィロスのいうことはいかにもそのとおりのことであった。

 俺たち家族が、運良く全員、この浜辺に打ち上げられているにもかかわらず、他には誰一人としていないのだ。

 あ、いや、彼女がたった今、救った人がもうひとり……

 

 ちょうどそのときであった。

 風が雲を払ったのだ。

 

 青白い澄んだ輝きが、目の前の美女をあざやかに映し出す。

 ……しかし、彼女の面差しは、どこかで見たどころか、毎日嫌と言うほど顔つき合わせている、ヤズー……俺自身の顔だったのだ。

「え……うっそ……」

 思わず口からそんな単語がこぼれ落ちる。

 

 

 

 

 

 

 彼女の方も驚いているのだろう。

 呆然とした表情で俺を見つめる。

「いや……なんか、驚いちゃったね」

 俺がそう言うと、彼女はこくこくと頷いた。

「美しいマーメイドさんと、そっくりだなんて、俺的には冥利に尽きるといった気分だけど」

 その言葉に、彼女は困ったように首を振った。

 そして助け出した男を、俺たちに向かって差し示した。

「ああ、陸の上じゃ、君にはどうしようもないもんね。この人が気付いたら、人魚姫さんに助けられたってしっかり言っておくよ。ふふ、信じてくれるかはわからないけど」

 俺はそんなふうに請け合ったが、人魚の彼女は深刻な面持ちで、その男性を抱きしめた。

 一目で、彼女の心が彼にあるという様子で……

 

「どうしたのだ、その人は大切な人なのか?」

 後ろからヴィンセントが穏やかに訊ねると、彼女は湖面のような美しい双眸に涙を浮べたのであった。

 月の明かりに照らし出されたその男性の姿は……

 ……これまた、セフィロスにそっくりだった。

 

「……ちょっと……こっちはまんまセフィロスじゃない。なんかおかしいよ、コレ」

 俺はヴィンセントに耳打ちした。

「た、確かに……まるで不思議な世界に迷い込んでしまったような……」

「シンデレラ、白雪姫ときて……今度は人魚姫ってことなんじゃないの」

「え……それではまた例の本の……おとぎ話の世界だというのか」

 ヴィンセントは、カダージュが集めている童話の世界のことを口にした。

 いや、冗談事ではないのである。

 我々一家は、童話の世界に取り込まれたことがあるのだ。シンデレラと白雪姫ならば、誰でも知っているおとぎ話だろう。

 俺たちの過去の活躍は、その話を読んでもらうこととして、今はこの状態である。

 

 俺そっくりな人魚姫に、助けられた男はセフィロスのそっくりさんなのである。

「この人……なんか服装とかすごいね。腰には剣を差しているよ」

 カダージュが意識を失っているセフィロスのそっくりさんの姿を見てそう言った。

「……なんというか、いかにも『王子』って雰囲気だね。レースびらびらのシャツに、絹の上着……それにかぼちゃブルマー……ぷくく」

 と、笑った俺を、セフィロスが八つ当たり気味に殴った。

「痛いなぁ。だって本当のことじゃない。とにかくこのゴージャスなセフィロスは王子様なんだよ。人魚姫のストーリー的にね」

 意識を失ったままのセフィロスもどきを眺めて俺はそう言った。