LITTLE MERMAID
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<10>
 ヤズー
 

  

 

 

 

「……で、その女が俺の命の恩人だと」

 昼を過ぎる頃、王子は俺たちの客室に現われ、ついにふたりが出会った。

 ……が!

 ……せっかくの出会いの場面で発せられたのが、さきほどの言葉だったのだ。

「ちょっと、ちょっと、『その女』はないでしょ!彼女は人魚……じゃない、ええと……マーメイドちゃんだよ」

 慌てて、俺はそう告げた。

「……驚いたな。おまえそっくりじゃねーか」

 王子は俺をまじまじと見つめるとそう言った。

「そうよ。大した美人さんでしょ。ほら、ちゃんとお礼を言いなさいよ」

「そうだな。礼をいうのにやぶさかでない。……先日は、俺……いや、私の命を救ってくれたとのこと。礼を言う」

 そう言って王子は頭を下げた。

 人魚姫ちゃんは慌てたように、頭を振った。

「せっかく城まで来てくれたのだ。ゆるりとここでの生活を楽しんで行かれれば良い」

 どこまでも無愛想な顔つきだが、王子がそう言ってくれたのは僥倖だった。

「すまんが、今日は忙しい。夕食の席でまたお相手をしよう」

 王子はそういうと、書類片手に、客間を出て行った。

 

 やれやれと柄にもなく、冷や汗をかいてしまう。

 王子の言葉はそれなりに礼を尽くしたものであったが、どうひいき目に見ても、好みの女性に対するそれとは異なり、『恩人』への感謝の念に満ちていた。

 もちろん、悪いことではないが、俺としてはもうちょっと人魚姫ちゃん自身に関心を持って欲しかった。

「あー、やれやれ。慌ただしかったね。どう?王子様ってあんなカンジの人よ。やっぱり好きなの?」

 と、ついついしつこく訊ねてしまう。

 彼女は困ったような顔をして、それに頷き返した。

「おいおい、この女はもとから、ここの王子のことを好きだったんだろ。なんでおまえ不機嫌なんだ」

 何もわかっていないのか、我が家の無神経男が俺に訊いてくる。

「ちょっと、こっち!」

 俺はセフィロスの腕を引っ張って、客間の外へ連れ出した。あまり話を人魚姫ちゃんに聞かれたくなかったからだ。

 

 

 

 

 

 

「んだよ、こんなとこまで引っ張ってきて」

 不満そうにセフィロスが言う。

 俺は客間の廊下から続く中庭の入り口まで彼を連れてきたのだ。ここまで来れば不用意に会話を聞かれることもないだろう。

「あなたはすぐ無神経なこというでしょ。人魚姫ちゃんに聞かれないように部屋から離れたんだよ」

 俺がそういうと、『無神経』という言葉が気に入らなかったのか、彼は突っ慳貪に、「大げさなんだよ」と吐き捨てた。

「……俺としては、『人魚姫』のストーリー上、人魚姫があの王子を好きになっているってのは仕方がないと思っているのよ。ただ、できることなら、もうちょっと王子が……こう誠実なタイプだったらって思うわけよ」

「アイツは話のわかるいい男だと思うがな」

 偉そうにセフィロスが言う。それはそうだろう。相手はセフィロス自身にそっくりな男なのだから、気も合うというものだ。

「遊び人タイプで気が多そうじゃない。それでいて、本当は誰のことも好きじゃないってカンジ」

「ああ、その辺はおまえの見立て通りかもしれないな。昨夜の饗宴には、男も女も大勢いたが、特別に思っている輩はいなさそうだった」

「ホント?」

「さぁ、オレの見たところだがな」

「その辺のあなたの勘はけっこう当たるからね。まずは良しってところかな」

 ホッと息を吐き出して、俺は胸を押さえた。

「だが、あの人魚女を好きになるとは限らんぞ。さっきも言ったが男も女もたくさん侍らせているのに、特別な相手はいなさそうだし、王子は面倒くさがり屋だ。ツラは貴様と同じだが、あの人魚女はトロそうだしな」

「そりゃ口が聞けないんだから、その辺は仕方がないでしょう」

 その点についても、王子に話をしておかなければならない。

 俺の思案顔をひとごとのように眺めて、ふと何か思い出したように口を開いた。

「そういや、おまえのことを聞かれたな」

「俺のこと?どういう話よ」

「顔がキレイだとよ。ツラだけはあの男の好みなんじゃねぇの?」

 からかうようにセフィロスが言った。

「ってことは、人魚姫ちゃんの顔は好きなのね。よし、それはなかなかポイント高いね」

「言っておくがあの女の話じゃなくて、テメェのことだぞ」

「まぁ、その辺はどうでもいいわ。顔が好みってだけでもありがたいよ。とりあえず、夕食での面会の前に、彼女のことを王子に話しておかなくちゃね」

 俺は廊下に置いてある鏡を覗き込みながらそう言った。