LITTLE MERMAID
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<15>
 ヤズー
 

   

 

 

(……ヤズー)

 小声でヴィンセントが俺に耳打ちしてきた。

(うん、わかってる)

 と、頷いて、それに返す。

 

 ……着けられている。

 青物市場からこっち……王城への道なりに、俺たちの後を付けている者がいる。それもひとりふたりではない。

 何人かが徒党を組んで、上手く交代しながら、気づかれぬよう後を追ってきているのだ。

 

「どーする。引き返してぶっつぶす?」

 というのは、兄さんだ。面倒くさく考えるくらいなら、その方が早いというのだろう。

「それには及ばないんじゃない。こっちには人魚姫ちゃんもいるから、あまり物騒なことはしたくない」

 俺は彼女を抱え込むようにしながらそう言った。

「まぁ、ただついてきているだけならかまわないか。どうせ、この道は城に繋がっているんだもんな。門から中には入れないだろうし」

 屋台での戦利品、焼きイカを囓りながら、兄さんが言う。

「ヤズー、さっさと行こう。クラウドのいうとおり、城内に入ってしまえば、追っ手もついては来られるまい」

 ヴィンセントがそう言って、早足で歩き出した。

 自然に俺たちは彼を追うように、前に進む。

 それでも連中は、しつこく俺たちの後を追ってきたが、案の定、城門の近くまで寄ってくることはなかった。

 

「潜り戸から、中へ入ろう。……連中の姿はもう無いね」

 俺は気付かれないように辺りを見回して、ヴィンセントに低く声を掛けた。

「……いったい、何の目的で私たちを付けたりなどしたのだろう」

「さぁね、いろいろ考えてたらキリがないよ。もしかしたら、目的は今日は一緒にいないセフィロスかも知れないし」

 俺は半分冗談でそう言った。

「それはないだろ。あんな怖そうなの追いかけてどうするっての?」

 バカバカしいというように兄さんが言った。

「それはそうなんだけど、王子とそっくりな人だからね。……勘違いして、狙ってくる輩が居てもおかしくないでしょ」

 俺がそういうと、人魚姫ちゃんが心配そうに眉を顰めた。

「大丈夫。王子にもそれとなく注意するように言っておくから。さ、部屋へ戻ろう。人混みを歩いたから少し疲れただろう?」

 俺はそういうと、人魚姫ちゃんの手を引いた。

 

 

 

 

 

 

「……と、まぁ、こんなことがあったわけよ」

 アフタヌーンティの時間に、王子の部屋へお邪魔して、俺は今日あった出来事を王子に話した。

 テーブルには、ヴィンセントと人魚姫ちゃんが作ってくれた、いちじくのタルトが乗っている。

「もちろん、ただの物取りかもしれないけど、しつこく着いてきたからね。ちょっと気になっちゃって」

「……俺を狙っていると?」

 と、茶を啜りながら、王子がつぶやいた。

「わからないよ。ただ一緒に行かなかったのはセフィロスだけだったからね。……ちょっと発想が飛躍しすぎたかな」

「いや、耳に入れてくれて良かった。この国の王制を快く思っていない連中もいるからな。反政府組織のゲリラということも考えられる」

「……ずいぶんと物騒な話だね」

 硝煙くさい話に、俺は眉を顰めた。

「どこにでもある話だろ。ガキの頃は毒殺されそうになったこともあるし、誘拐されかかったこともあった」

 なんでもないことのように、王子はそう言った。

「そう……いろいろ大変だったんだね。正直、あなたがあんまりちゃらちゃらしているから、もっとお気楽な人かと思ってた。ゴメン」

 正直に俺は謝った。

「別に。だが、これでわかったろ。俺のまわりはけっこう危険なことがある。あんなにおっとりした女には似つかわしくないんだよ」

「……人魚……マーメイドちゃんのこと?」

「言わなくてもわかるだろう。彼女はやさしくて素直な女だとは思うが、だからこそ、俺にはふさわしくない」

「…………」

 いろいろと言いたいことはあった。

 女の子は好きな男のためならば、どれほど肝が据わるものなのか、彼女が恋のために声を捨てて、足を得たのかなどということが頭を巡った。

「……なんだ、心配してくれているのか」

 からかうように王子が笑った。俺が真面目な顔をして、口を噤んでいたからだろう。

「心配するよ。……少なくとも今は世話になっている身だし」

「おまえは可愛げがねーな」

「よくそう言われるよ。それじゃ、俺、部屋に戻るよ。……お忍びで外出するときは教えて。宿代とご飯代のお礼にボディガードするから」

 あながち冗談でもなく、俺はそう言い残して、王子の部屋を後にした。