LITTLE MERMAID
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<16>
 ヤズー
 

   

 

 

「ただいま〜」

 俺は部屋に戻った。

「お、おかえり。ヤズー、話はできたのか」

 ヴィンセントがすぐに例の案件について訊ねてきた。

「うん、一応、注意を促しておいたよ。でも、自分でもよく自覚しているみたいね。さすがに一国の王子ともなるといろいろあるらしいよ」

「そ、そうか……気の毒にな」

 ヴィンセントの言葉に、不安そうな顔をする人魚姫ちゃんだ。俺は彼女の手を取って、安心させるようにそれを撫でた。

「大丈夫だよ。王子もそれだけ用心深くしているってことだから。だいたいあの王子、誰かさんに似て、大分図太そうだから、ちょっとやそっとのことでやられるようなタマじゃないよ」

 俺のセリフに、それなりに頷いてはくれるが、やはり愛しい人間のことなのだろう。なかなか心配する気持ちは拭い取ってやれそうにはなかった。

「ヴィンセント、俺にもタルトもらえる。ああ、王子がお礼言ってたよ。とても美味しいってさ」

「そ、そうか……ならばよかった。はい、ヤズーの分だ、。お茶は紅茶でいいか?」

「うん、ありがと。それでね、お忍びで出掛けるときにはボディガードしてやるって言っておいたよ。もっとも、本気にしたかどうかはわからないけど」

「あー、あの王子、平気で城、抜け出しそうだよな。刃傷沙汰があるとしたら、女がらみじゃないの?」

 不躾な発言は兄さんだ。

 人魚姫ちゃんの手前、その発言にはスルーしておいて、俺は茶器の整ったテーブルに着いた。

 

 

 

 

 

 

 この日の夜、なかなか寝付かれなかった俺は、寝台を抜け出して、外の風に当たりに出掛けた。

 とは言っても、風の吹き抜ける渡り廊下の入り口に腰掛けていただけである。

 そのときであった。

 

「ヤズー、ヤズー……」

 小さな声で名を呼ばれる。

「……だれ?」

「俺だ。出掛けるぞ」

「……ちょっと、あなた、王子!?」

 中庭の向こうで手招きしている男に、俺は呆れた声を上げた。

「大声を上げるな。城の連中に気付かれる」

 彼はしーっと人差し指を立ててそう言った。

「どういうつもりなの。今日、妖しい連中に着けられたって話したばかりでしょ」

 大声にならないように気をつけて、俺は王子を叱りつけた。

「今夜はジプシーどもの祭りがある。顔を隠して参加すればいい」

「そういう問題……」

「ぐだぐだ言ってるなら、俺は一人で行くぞ。今日、おまえがボディガードをするとか言い出したから声を掛けただけだ」

 図々しくも彼はそう言った。

「ちょ、ちょっと待ってよ。本当にお城を抜け出すつもり?」

「当然だろ」

 そう言って彼は着ている衣装を見せてくれる。マントの下はぞろりとした、丈の長い民族衣装じみた物を着ていた。

「わ、わかった、わかった。ちょっと待ってて、俺、着替えてくるから」

「おまえたちの部屋の衣装棚に派手な装束があるからな。そいつでも着てこい」

 楽しげに王子が言った。まったくこの人は何を考えているのだろう。

 真面目に為政者として仕事をしているかと思えば、今夜のような突拍子もないことをしようとする。

 俺は王子に、しばらく待つように促すと、慌てて私室にとって返した。