LITTLE MERMAID
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<17>
 ヤズー
 

   

 

 

「お待たせ!」

 何はともあれ、俺は衣装棚にあった華やかな衣を身につけて、もとの場所に戻った。

「遅いぞ。……ああ、いいじゃねーか。なかなか似合っている」

 口元をヴェールで隠せる女性物の装束を着た俺を眺めながら、王子は満足そうに頷いた。

「裏に馬が繋いであるからな。さっさと行くぞ」

 王子は俺に手を差し出した。

 女性のように手を取られるのには抵抗があったが、いちいち逆らうところではないと考え素直に手を預けた。

 

「ジプシーのお祭りですって?物好きだね。お城ならいつでもパーティができるでしょうに」

「堅苦しい集まりなんざ、何も面白くはない。おまえだって、それくらいのことわかってるんだろ」

 ふたりで馬に揺られながら話をする。

 一見、好き勝手をやっているように見える王子だが、政務を精力的にこなしていることも知っている。夕食を共にとれないときもあるほどだ。

「……父王様はどうしているの?」

 家族関係についてなど、深い話をしすぎかと思ったが、気になっていたことを訊ねてみた。

「病で床についている。もういい年だからな。そうそう無理が利くもんじゃない」

「そう……ごめん。よけいなこと聞いて」 

 俺は素直に不躾な質問を謝罪した。

「別にかまわん。皆、知っていることだしな」

 王子は街中を抜け、細い路地裏に入って行く。つい、危険はないのかと訊ねたくなるが、ついてきたのは俺自身の意志だ。万一に備え、ナイフも携帯してきた。

 よけいな心配より、王子がわざわざ夜半に抜け出して、参加したいという祭りのほうへ関心を向けようとした。

 

 路地を抜けて、丘陵地に出ると、炎を中心にして多くの人々が集っていた。

 独特の拍子を刻む音楽に、見たこともない楽器で演奏する彼ら。

 

「ジプシーたちの最後の夜だ。彼らは一定期間、街に留まるが、時期が来るとまた別の街に移っていくんだ」

 王子が俺を馬から下ろしてくれながらそう言った。

「流浪の民っていうヤツだね」

「ああ。自由でうらやましいだろう」

 王子はそういいながら、ファイヤーストームの中心に歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 笛の音がどことなくさびしいうらぶれたメロディを奏でる。打楽器がそれをもり立てるように激しく打ち鳴らされる。

「ヤズー、せっかく来たんだ。踊ろう」

「え……あ、う、うん」

 俺の手をひっぱり、円陣のなかに紛れ込んだ。

 囃し立てる音楽に、決まった踊りはないかのように見える。俺は曲に合わせて、自由にダンスを楽しんだ。王子がそれをリードするように踊る。

 ……夜会のダンスでもないのに。

 

 彼の半身を炎の灯りが照り返す。

 

 ああ、綺麗だな、と。正直にそう感じた。

 見かけはセフィロスそっくりな男なのだから、美しいのはあたりまえなのだ。

 だが、燃えさかる炎に映し出されながら、独特のステップを踏む彼は、まるで炎の精のように見えたのだ。

 

「ああ、気分がいいな。ヤズー、おまえも踊れるじゃないか」

 ターバンから降りた、長い髪を掻上げて、王子が俺を笑う。

「曲に合わせて、身体を動かしているだけだよ。こういうダンスってよくわからないし」

「みんな、そんなもんだろう。おまえは身体の動きが綺麗だな」

「それはあなたのほうでしょ。王子様がこういう踊りを上手に踊れるのって、とても意外なんだけど」

 俺がそう言うと、彼はしっというように指先を唇に持っていった。

「俺のことはファーストネームで呼べ」

 と言われた。

 側を通りかかったジプシーの老女が、果実酒のコップを渡してくれる。気取ったグラスではなくて、低温で焼いたビードロのカップだ。

 喉が渇いていたところ、ありがたく受け取っていただく。

 

「ねぇ……よくこういうお忍びってしてるの?」

「俺だって、毎日忙しいんだ。そうそう夜中に一人では出掛けない」

 王子は一気に果実酒をあおってそう言った。

「それはそうだよね。あはっ、俺の勝手なイメージだ」

「セフィロスに似ているからか?」

 彼はまさにその人そっくりな顔でそう聞き返してきた。