LITTLE MERMAID
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<18>
 ヤズー
 

   

 

 

「意識していなかったけど、そうかも。あの人は本当に遊び人で、ひとりでふらふらしているから」

 空のカップを戻し、俺はそう言った。

「だが、頼れる男なんだろう。おまえたちの態度を見ているとそう感じる」

「俺は別に頼りにするつもりはないけどね。まぁ、ああいう人だから何をしても目につくし…… ヴィンセントや兄さんはあなたの言うとおりに見ているのかも知れないね」

 俺は正直なところをそう話した。

「それよりせっかく来たんだ。まだ踊れるだろう」

 王子にそう誘われて、俺たちはまたファイヤーストームの中に入った。

 見たこともないような打楽器や、笛で、不思議な……どこかもの悲しいメロディーが広場を包む。

 俺と王子は、時間を忘れて踊った。

 初めての場所、異国風の見知らぬ人々……燃え立つような炎の側で、俺たちは踊り続けていた。

 

「ヤズー、もうしばらくすると陽が昇り始めるぞ」

 踊りながら王子がそう言った。

「えぇ?そんな時間?俺たちそんなに長く踊り続けてたのかしら」

「この時期なら、午前四時を過ぎれば、辺りは明るくなる」

 踊りの輪から外れ、王子が飲み物を差し出した。ありがたく受け取って、指さされた東の空を見つめた。

「……流浪の民は、夜明けと共に、別の場所へ消える。そしてまた、いつかこの国に戻ってくることがあるのかもしれない」

「…………」

 俺は王子の次の言葉を待った。

「……以前は、彼らがうらやましくてならなかった」

「……そうなの?」

「ああ、自由に身ひとつで、好きな場所に行けて……」

「ふぅん……まぁ、わかるような気はするけど」

 一国の王子ともなれば、行動の自由は極端に制御されてしまうのだろう。それくらいはたやすく想像できる。

「さすがにこの年になって、一方的にうらやましいなどというつもりはないが……たまに、こうして、彼らに混じってバカをやりたくなるんだ」

 『側仕えにバレたら大事だ』という彼に、俺は思わず相好を崩した。

 

 

 

 

 

 

「……いいんじゃないかな、たまの気晴らしだっていうのなら」

「おまえは話がわかるな」

 王子は満足そうにそういうと、酒の入ったカップを空にして、さっさと立ち上がった。

「夜明け前に帰ろう、ヤズー。見つかるとヤバイことになる」

「そうだね。ああ、こんなに夢中で踊ったのって、何年ぶり……いや、初めてだったと思うよ」

 正直にそういうと、王子はセフィロスの顔で、微笑んだ。

 ……格好良いと思う。セフィロスの顔がじゃない。今の王子の笑顔がだ。

「誰かを連れて、ファイヤーストームを見に来たのはこれが初めてだ」

「そうなの。俺が初めての相手だっていうのなら光栄だね」

 あながち冗談でもなくそう応えた。

「馬を止めた場所に戻るぞ」

 王子はあたりまえのように俺の手を取った。

「俺は女の子じゃないんだよ。そんなに気を使ってくれなくて大丈夫だから」

「ああ……そうだったな。つい……」

「でも、悪い気はしないよ。セフィロスのそっくりさんだっていうのが、最大の問題だけど」

 思ったことを正直に伝えたが、王子にはそれがおかしかったらしく、ひどく笑われた。

「セフィロスはいい男じゃないか」 

 と言う。

「黙って座っていればね。もう、自分勝手で自己中だし。気に入ったモノはなんでも自分のものにしたがるし。フォローする方の身にもなって欲しいもんだよ」

 俺たちは馬に揺られながら、城へ戻った。

 

 東の空がしらじらと明けてくる。

「……綺麗だね」

 俺は王子の背中に向かってそう言った。肩に彼の体温を感じる。

「ああ、これを見られただけでも、夜中に向け出したかいがあるってもんだ」

「あなたも自分勝手な王子様だね。……いい意味でだけど」

 朝もやの中、風が俺の髪をなぶる。

 一晩中、踊っていたせいだろうか。それとも王子の背中のぬくもりのせいなのか、いつの間にか、俺はとろとろとまどろんでいた。

 その後も、王子が俺に何か語りかけてきたと思うのだが、俺は彼の背に寄りかかって眠り込んでしまったらしい。

 ようやく城にたどり着いて、彼に声を掛けられてから目が覚めたのであった。